元(もと)は、黙々と狩りの準備をしている。 まだ幼い理(みち)は、そのうしろで縄で遊んでいる。 無口で無骨な元は、背中で理の気配を感じながら、 表面は目もくれずにいる。 そのうち理は、父親のやっていることに興味を持ち始めた。 元は槍の先端を研ぎだした。 先端の反対側には、鳥の羽をつけている。 秋月家は弓矢の達人だ。 山の神から授けられた役目をまっとうするため、 弓矢の技術はなくてはならない。 元は弓しか対抗するすべを持たない。 そのうち理にも教えていかなければならない
地の底から響くような冷たい声が聞こえてきた。 「よくぞここまで来た。勇者よ」 奴は余裕でほくそ笑んでいる。 「おまえに提案がある。 わたしの部下になればこの世界の半分をやろうではないか」 来た!おなじみ。 ここでコマンド。 「はい」OR「いいえ」 選択「いいえ」 勇者は叫ぶ。 「ふざけるな―」 そいつは(ラスボス)なおもほくそ笑む。 「ほおお、馬鹿なやつだ。父親そっくりだな」 たじろぐ勇者。 「え…父さん?だと?…」 『なんと。行方不明の父親はこいつに殺されていた
「妹?おまえがか?」 定は、少し小さめの瞳を目一杯広げた。 まさか、あのときの赤ん坊が理なのか? 確かに、眼差しも顔つきも、どことなく正弦に似ている。 何よりも、物の怪に立ち向かった正弦の美しさが、この理にもある。 正弦亭の裏に雑木林がある。 定はそこに理を案内した。 ちょうど人が座るのにちょうどいい岩がある。 「お父上は?いかがされている?」 ずっと気になっていた。この親子の事が。 理は、少し間を置くと「亡くなりました」と言って下を見た。 「いつ?ふたりでどこで暮らし
❏理:定 何をどう伝えよう? 確認しよう? 正弦宅の周りをうろついていた理。 見覚えのある男が近づいてきた。 「おまえはこの間の女ではないか」 あのときは熱で倒れたようだが、今日は元気なようだ。 「あ。はい。先日は…どうも。お身体はいかがですか?」 「あれから大変だった」 「そうだったのですか?」 「ああ。まず、男たちが私を抱え切れず3回も落とされた」 「…はあ。それは」 「ようやく寝床に寝かされたはいいが、つまずいた男がわたしの上に勢いよくかぶさってきて」 どうやら踏ん
❏定:正弦:理:元:清 16年前。 正弦と一緒に遊んでいた定は、正弦の家から奇妙な物音を聞いた。 怪しんで正弦宅を覗く二人。 家の中は、熱い風が吹き荒れていた。 そこには何者かに抗う正弦の母、清(きよ)がいた。 「この子は渡さない!」 そう叫んでいた。 「お母さん!」正弦は清の元へ行こうとしたが、清が「来ないで!」とそれを制した。 しかし、すぐにすさまじい声をあげて倒れてしまった。 正弦は駆け寄り、産まれたばかりの妹・理を抱え込んだ。そして、何者かを睨みつけた。 「こ
□夏月(なつき)23才 「あ~なるほど。そうなのですね。はい、はい・・ですよねえ、わかります」 いっこうに話は終わらない。 聞くのも仕事ではある。 「ええ。で、ですね」 何度か解決策を言いかけた。そのたびに遮られる。 「お疲れさま。秋月さんってなんか聞いてくれるオーラ半端ないから長くなるよね~お客様」 やっとお帰りいただき、くたくたのわたしに所長が一言。 そう思っているなら助け舟を出して欲しい。 【女性の様々な心の悩みに対応し、各連携機関につなげる窓口】という役割のNPO
□物の怪たち 「おのれ。秋月家め」 秋月家のせいでちっとも暴れられない物の怪たちは、イラついていた。 人間が育てた家畜は、よく太っていて美味い。 最近はそれすらも食べられていない。 「はつがねのみを扱えたら、手も足も出せん」 「しかしなぜあいつらはあの実を扱えるのだ」 「なんでも、契約したらしい。ずいぶん昔のはなしだが」 「山神さまとな」 「忌々しい。山神様に取り入ったのか」 「詳しいことはわからんがな」 「どうにかならぬものか」 毎晩毎晩、こんなことを繰り返す物の怪たち
□理:長 「わたしに姉さんが?」 「ああ、お前の父親が一度言っておった。 しかし、7歳で別れ別れになったのだと」 はつがねのみは、秋月家だけしか扱えないはずだ。 はつがねのみを口に含んだ正弦は、【なんともなかった】 理は村の長にそれを確かめた。 秋月家…血?… 姉さん? まさか、正弦様が自分の姉?? 「この村に来たときにはお前とふたりきりじゃったから。わしも他に娘がおったなど初耳じゃったよ。なんでも急に神がかりになって連れて行かれたと言っておった」 神がかり?巫
◆理:正弦 いなくなった家畜は、いずれも鶏や豚といった比較的小さめの家畜。 もし物の怪の仕業だとしてもそう大きくはなく、力も強くない輩だろう。 最近は、山鳥や猪も少なくなってきたから、それを食べている動物かもしれない。 それにしても。 なぜ、あの風は正弦様のところに流れて、そして正弦様の頭上で止まったのか。 理はいつもの山を歩きながら考えていた。 サクサクと理の足音が鳴る。 止まった、のか?本当に? 最初、取り込んだように見えたが、それがもし本当なら・・・? 理は、大
❏正弦:理:風 いつもだ。人はわたしを恐れている。 それが不愉快だ。 だからますます機嫌が悪くなる。 この女は違うかと思ったが、わたしが正弦だとわかると、案の定ビクビクしておる。 不愉快だ。 こんなに優しい人間はいないと思う。 巫女として懸命に生きておるではないか。 いったいなんだと思っているのだ。 「そなた」 「はい?」 「なぜそのようにわたしの機嫌をうかがっておる」 女はしばらく黙った。 「あの…恐れながら」 「なんじゃ」 「正弦様はとても怖いお方だと聞いておりま
◎夏月 中学生 「でね。ああゆうのはね、無視したほうがいいのよね。この間さ、テレビで言ってて」 裕香の話はいっこうにやまない。 ふたりで帰宅中のいつもの光景。 「うん、言ってたね」 「そう。あ、あの番組さ、この前SEIYU出てたよね!最近のわたしの推し!」 「ああ。SEIYUね。」 「ねえ。誰が一番好き?」 「・・うーん、誰だろ」 「わたしね!恭也命!」 「・・・ゆうちゃん、すぐ命かけるよね」 「いいじゃん、かけたいの」 「あ。わたしは、恭也もいいけどヒカルくんが好きだな」
❏正弦:理:定 「あんたこそ誰?」 「誰じゃと?このわたしを知らんのか?」 「知らない」 「そなた、都の人間ではないな」 「山も森もないこんなとこ、わたしには住めないわ」 「なるほど。山と森がよほど好きなようだ」 その女は黙っていた。黙ったまま矢をこちらへ向けている。 「そもそも。なぜわたしにそんなものを向けておる?」 「あんた、人間?」 おかしなことを聞かれた。まあ、普通の人間ではないとは思っているが。一応、 「人間だと思っておる」 女はまた黙っていた。 「名を聞こう」
□正弦:理 中庭から見える月は、本当に美しい。 できれば毎晩見続けていたい。 けれどもその向かい側の廊下には、いつも定がいる。 神妙な顔でいつもこちらを見ている。 月を見ているのではない。 こちらを見ている。 顔だけは月を見上げ、心の矢印はこちらに向かっている。 その思いが重く、鬱陶しかった。 しかし今夜はなぜか定がいない。 『ふせっておるのか?』 少し心配したが、久々の開放感を得た正弦は、月を堪能しようと廊下に出ていた。 しかし。 空は暗く、しばらくすると、ぽつ
□理(みち)16才 「またか」 理は草むらにわずかに残った痕跡をみるとつぶやいた。 雑草の先っぽがかすかに焦げている。 よおく目を凝らすと、所々に痕跡がある。 「最近家畜がいつのまにかいなくなるんじゃ」 長(おさ)の言葉に異様なものを感じ、愛用の弓を携えてここ数日見回りをしている。 黒髪を、きっちりと後ろの高い位置で結んだ理は、男のようなかっこうをしている。 森や草むらで目立たないような緑色の装束。袴は普通のよりもずいぶん上の方でしぼってある。華奢な彼女の足の形が、よく
-風が、吹いた- 部屋の中で、だ。 周りを見渡した。 なにかいるのか? チリっと、かすかに熱い感触が頬をかすめた。 正弦定理(せいげんていり、law of sines)とは三角形の内角の正弦(サイン)とその対辺の長さの関係を示したものである。正弦法則ともいう。多くの場合、平面三角法における定理を指すが、球面三角法などでも類似の定理が知られており、同じように正弦定理と呼ばれている。-ウィキペディアより- □正弦(せいげん) 「まったく民衆というものの悩みとは、ちまちました