正弦定理15
元(もと)は、黙々と狩りの準備をしている。
まだ幼い理(みち)は、そのうしろで縄で遊んでいる。
無口で無骨な元は、背中で理の気配を感じながら、
表面は目もくれずにいる。
そのうち理は、父親のやっていることに興味を持ち始めた。
元は槍の先端を研ぎだした。
先端の反対側には、鳥の羽をつけている。
秋月家は弓矢の達人だ。
山の神から授けられた役目をまっとうするため、
弓矢の技術はなくてはならない。
元は弓しか対抗するすべを持たない。
そのうち理にも教えていかなければならない。
自分が死んだら理だけになってしまうのか・・・
元はそう思うとふいに、理の姉のことを思い出した。
理をじっとみる元。
姉の正弦の面影がある。
父の視線に気づいた幼い理は、にこっと笑った。
無意識に元は、弓矢を二本持つと二人の娘に見立てて眺めた。
二本の矢では、どうあっても安定しない。
どんな方向からも、もろい。
せめて3本あれば。対抗できるものを。
いつかは正弦を救いたい。
いや、自由にしてあげたい。
いや、それ以上に…
抱きしめてあげたい。
「辛かっただろう」
そう言って、抱きしめたい。
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