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正弦定理7

◆理:正弦
いなくなった家畜は、いずれも鶏や豚といった比較的小さめの家畜。
もし物の怪の仕業だとしてもそう大きくはなく、力も強くない輩だろう。
最近は、山鳥や猪も少なくなってきたから、それを食べている動物かもしれない。

それにしても。
なぜ、あの風は正弦様のところに流れて、そして正弦様の頭上で止まったのか。

理はいつもの山を歩きながら考えていた。
サクサクと理の足音が鳴る。


止まった、のか?本当に?
最初、取り込んだように見えたが、それがもし本当なら・・・?

理は、大きな木の下に行くと足を止めた。
この山には特別な木の実が実る。
物の怪が忌み嫌う青い実「はつがねのみ」と呼ばれるものだ。

それは人にも毒性があり、扱うには資格を要する。
その資格とは、「血」だ。
秋月家の血が流れていなければ、「はつがねのみ」は扱えない。

理は、実がたわわに実っているのを確認すると、上手に枝を移りながら木に登った。
指で摘んで、もぎれる小さな青い実。
木の上部にしか実らない。
それを丁寧にもぎると、
肩にクロスしてかけた布製の入れ物にひとつ、ふたつ、と入れていく。

―風が、舞った―
熱い風が。

辺りを見回す理。
「その実は何の実じゃ?」
木の下で声がした。

「正弦様!?」
正弦がいた。驚いた理はつまんでいた実を落としてしまった。
「どうしてここに?」
足跡も聞こえなかった。
「お前に会いに来たら、お前が歩いていたから、着いてきたのじゃ」
正弦は、落ちた青い実を拾った。
「あ!それはだめです!」
理は慌てて木から降りた。

が、時既に遅し。
正弦は、はつがねのみを口に含んでいた。
――――え?
理は目を疑った。


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