
35歳からのウソ日記126『マグマ色の赤提灯』
2020年10月1日
9月から10月に変わるときに毎年大きな変化がどこかで起こっている。
桁違いという言葉の通りで、9月から10月は1桁から2桁へ変わり、その変化は他の月とは桁違いなのだ。
私が営んでいる酒場にも大きな変化を遂げた物が届いた。
それは提灯。
提灯と聞くと思い浮かぶのは居酒屋の店先にぶら下がっている赤提灯ではないだろうか。
おでん、やきとり、居酒屋などの文字が書かれていて、役割としては目立つ表札みたいなものである。
赤い灯に釣られてお店に入っていったことがある人もいるだろう。
私の所に今日とどいた提灯は真っ白に酒場と書かれている。
ただ色が白いってわけではない。
そういう赤くない提灯もここ数年で見かけるようになっているがそれらとは違い、機能が付いている。
お客さんの高揚に合わせて赤みをおびてきて、真っ赤に色が変わっていくという機能だ。
酔い方によって赤さが変わるし、どれだけ楽しめているかというのでも赤さが変わる。
いずれにせよ真っ赤の時は楽しい時間が流れている証拠だ。
来ていただいたお客さんの手首に輪ゴムのようなものをつけてもらうだけで提灯とコネクトするという技術が組み込まれている。
自分の手首につけて試してみる。
付けていることが分からないくらいの締め付け感と軽さであり、軽く一杯飲んでみたら少し提灯が赤らんだ。
それを確認できたことで気持ちが高揚したのか、もう少し赤らむ。
1人の場合はその1人の人の高揚感。
2人の場合は2人の高揚感の平均をとるみたいである。
私が営んでいるのは酒場と最初に申し上げたが、一風変わっていて、お客さんは1度で1人だけ。
時間の制限は特にないが、料理は提供していない。
お酒のみである。
料理の代わりといってはおこがましいのだが、お酒に合わせた小話を提供している。
懐石のように先付けなる小話から始まり、途中は焼物なるお客さんのお話を挟み、水物なる小話で終わる。
もちろん途中で帰ることも可能であるし、お客さんのお話だけのフルコースの時もある。
どれだけお客さんが楽しめるかが重要なので、その場その場でやってきた。
それなりにお客さんは来ていただき商売として成り立ってはいるが、1対1なので難しいこともそれなりにある。
そこで手に入った提灯はお客さんの高揚感が分かるので私の商売はやりやすくなるに違いない。
私の店はあまりフラッと入ってくる人はいないのだが今日はフラっと1人のお客さんが入ってきた。
1人のお客さんと言ったが1人しか入れないのだけれど。
私の店の説明をするとお客さんは面白うそうと思ってくれたみたいだ。
その証拠に提灯がすこーし赤らんでいる。
これはいい。
最初にビールを頼まれたので、スカッとする小話をした。
提灯がまた赤みを増していく。
つかみはオーケーのようだ。
その後もお客さんの話を聞いたり、私の小話をしたりでお酒も進んでいき、提灯は見事によく見る提灯の赤さになっている。
赤くなっていくことをチェックできるので私の気持ちも同じように高揚していけるのでこれはお客さんとの波長を合わせやすいのでいい。
そして最後の小話を終え、お客さんも満足そうにしてくれていた。
こういうお店があるのは知らなかったし、楽しいと言ってくれた。
ありがたいお言葉である。
お客さんが帰り際に提灯を見て言った。
この提灯って白くなかったでしたっけ?
待ってましたと言わんばかりに私は言う。
最初に手首につけていただいた輪ゴムみたいなやつがお客さんと提灯をコネクトしてくれて、高揚感に合わせて赤くなっていくんです。だから今提灯は赤いのでお客さんが楽しんでくれたっていう証拠なんです。
そしてお客さんは言う。
輪ゴム?そんなの渡されてもいないですし、してもいないですよ。
え?
私は嘘だろと思いながら自分の手首に目をやる。
そこには待ってましたと言わんばかりに輪ゴムが私の手首に付いている。
初めてだということと、フラっと入ってこられたということで完璧に忘れていた。
穴があったら入りたいくらい恥ずかしかった。
恥ずかしさを誤魔化すために提灯の話は冗談で、もとから赤かったですよと伝える。
酔っているお客さんはそうだったかもと言って帰っていった。
私は恥ずかしさから逃げるように店という穴に戻る。
深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
チラっと提灯に目を向ける。
提灯はいまだにマグマのように赤く光っており、酒場の文字が墓場に見えた。
完
それでは また あした で終わる今日 ということで。