「残念な『オス』という生き物」

有名な、サナダムシをお腹に飼ってる生物学者の新書。

オス(男)なんてマジで可哀想だ。それは周りの高齢者を見てもよくわかる。プライドと強さだけを“売り物”としてるが、すでに用無しである存在が多いし。

俺なんて、このままいくと、残す遺伝子もないし、特別に社会に貢献もしてないし、ただ巣食ってる“穀潰し”みたいなもんで、地球上の生物としては、とっくに終わってることになろう…悲しくなるからやめた。

細菌や昆虫、爬虫類の世界では、すでにオスは必要とされず、メスだけで繁殖できるものも少なくない。オスはただメスの繁殖を補助するだけ、もしくはメスの餌になる存在だったりする。

人間の世界でも、男はだんだんと生き辛くなってきていると思う。基本的に、女は子孫さえ作れば、男はもう不用なのだ。その要因は、発達した文明そのものにある。

女がより女性をアピールする体型になってるのに対し、男は草食系や精子の劣化、男性ホルモンの減少、男性の女性化などが見られ、人間もそのうち単性生殖になって、男は用無しになるんじゃないか。本来の生物の使命は子孫を残すことだから。

人間の価値観から見ると、悲しいくらいにオスの残念な行動が紹介されてるが、未来は男性がなくなるとしても、なぜ多くの生物に性差(一夫一妻制)があるのか?

それは、例え疑似交尾(恋愛)であっても、わざわざオスとメスがくっ付くことで、メスの卵巣の機能亢進が行われるという生理的な意義があるのだ。

それに外敵から身を守り強い種であるためにも、オスとメスをはじめ多様性がある方が断然有利なのだ。雑種は強いし。

さらに、性差があることで様々な“物語”が生まれる。

例えば、ゾウリムシは、単性生物だが、時にゾウリムシ同士でくっ付いて体液を交換し合う。そして、また別れる。ゾウリムシの愛の行為といわれるけど、それによって細胞の若さを保ちリフレッシュするのだ。コレは子孫を残すこととは全く無関係な行動である。このゾウリムシ同士の接合はキスでもしてるように見えるという。

つまりは性別というのは多様性、個性を作るために生まれたものである。

人間は社会や文化によって構成される性だから、残念な性であっても充分価値があることなのだ。特にスケベには大きな価値がある。


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TOMOKI
脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。