「老いの超え方」
何かしようと思った意志と、実際にすることとの分離が大きくなる…従って、吉本隆明が説くには、老人は“超人間”なのだという。
ボケるのは別にして、身体がいうことをきかなくなるから、その分、思いや意志、認識、概念ばかりが肥大して、例えば若い世代の人たちのそれと大きく乖離してしまうことになるからだ。
どんなにイケメンなカッコいい紳士であっても、どんなに可愛くてキレイなステキな女性であっても、生きて歳を取って老人となれば、頭がボケて、各種機能が衰え、糞尿がコントロール出来なくなり、オムツを履いて、他人に介護されるようになるものだ。
徐々に死に向かって朽ちていく、そんな“汚い”存在が人間なのである。
老いた人のたいていの所作は、ムリしてヘラヘラして時代に迎合するか、憤懣やる方なく時代に抗うかであって、時代と共に生きることができない。
そこで老人の葛藤が始まるわけだが、無作為に任せ、虚しい日々を送らないためには、まず短い周期で細かく小さく何かの目標を定めて、達成感を味わうことだという。
そして、時代に文句を言わずに、ただ自分の経験だけには自信を持つ。
最期は、バカな宗教者が言うように、死んだら皆、天国や浄土に行くとは考えずに、今、生きている状態で、天国や浄土に行けるステージまで昇ったから安心だと考えることがいいという。つまり、そのステージに行ける“免罪符”を得るために、現世では現世の努力をしろってことだ。
天国や浄土に行ける肉体と精神の死ではなく、そこへ行ける位に該当したと言えることが死なのである。
だいたい老人が考えてもムダなことが多く、頑張らせてもダメで、そもそも幸せな老人があるなんて思っちゃダメだね。
吉本隆明が説くには、人間の生涯で大切なことは2つしかないそうだ。一つは老人を経済的に安定させて、少なくとも世話をしてくれる人を雇えるくらいの余裕を持たせる。もう一つは、妊娠した女性に十分な休暇と給料を与えて、十分な子育てができる。この2つが実現できたら歴史は終わりだという。
まあ、ボケなきゃ精神は健康を保てるかもしれんが、免疫機能の低下と免疫細胞の減少がツラいのだなぁ。そして、下垂体ホルモンがバランスを崩して、糖代謝も衰えて、排尿に影響が出て来るのだ。
脳出血により右片麻痺の二級身体障害者となりました。なんでも書きます。よろしくお願いします。