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Photo by
yucky_tsukahara
『フラジャイル』 弱さからの出発 松岡正剛 Ⅱ-1
実験台の上には色々な小道具大道具が雑然と積み重なり、
戸棚の中は勿論その上まで
わけの分からぬ手製の器械で一杯になっている。
その中をかき分けるようにして、皆が実験をしているのである。
雪のように綺麗なものが、
こういう所が好きだというのは、随分不思議である
Ⅱ 忘れられた感覚
1 全体から断片へ
2 フラジリティの記憶
3 はかない消息
フラグメント(fragment):破片、断片、断章
フラジリティ(fragility):壊れやすさ、虚弱 《病理》脆弱症
ここでは、“断片”や“部分”に見え隠れするフラジャイルをあぶりだそうとしている。
小雨が上がった午後、村田珠光の寓居を男が訪れた。その下京の寓居はせまいものだったが、案内の途中に見えた五坪ほどの中庭はイチイの葉の一枚一枚が光輝き、沈丁花の香りが満ちていた。
六畳の座敷に通された男は、今度は奥の庭に芽吹いたカエデの若葉を見た。
葉にのこる無数の雨粒が珠玉である。
「ほう、なるほどお名前の珠光とはそういうことでしたか」と男がいう。
珠光は道具を引き寄せて茶を立てはじめた。
「それが近ごろはやりの侘び茶というものですか」と男が聞いた。
珠光は
「いや、あなたが先ほど見た雨粒が侘び茶なのだが………」と言う。
………男は中納言鷲尾隆康、連れは青蓮院と曼殊院の二人の法親王である。
侘び茶はひとつひとつの「部分」が侘び茶なのである。
侘び茶という「全体」があるはずもなかった。
珠光の部分の侘び茶。
不完全なピノキオ。
自分の“全体”を隠そうと努める自然界の生きものたち。
「以上の三つの話はそれぞれ相互につながっている。
これらにはフラジャイルであることをあえて肯定しょうとする意志が見えているからだ。」
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昨年、よく耳にした『SPY×FAMILY』の主題歌、Official髭男dismが手がけた『ミックスナッツ』を耳にするたびにフラグメントとフラジリティを見事に表現していると感心した。
「そうやね、そもそもピーナッツってナッツやなくて、ビーンズか…ナッツのふりして紛れ込んでいる…と言うより紛れ込まされてる…あっ!だからSPY×FAMILYか…」
袋に詰められたナッツのような世間では 誰もがそれぞれ出会った誰かと寄り添い合ってる そこに紛れ込んだ僕らはピーナッツみたいに 木の実のフリしながら微笑み浮かべる
〈中略〉
化けの皮剥がれた一粒のピーナッツみたいに 世間から一瞬で弾かれてしまうそんな時こそ
曲がりなりで良かったらそばに居させて 共に煎られ揺られ踏まれても
割れない殻みたいになるから
生まれた場所が木の上か地面の中か それだけの違い 許されないほどにドライなこの世界を 等しく雨が湿らせますように
〈中略〉
ソングライター: Satoshi Fujihara
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“断片”とは“部分”ということである。
では、“部分”は全体を失った不幸な負傷者かといえば、そんなことはない。
“部分”はその“断片性”においてしばしば威張った全体を陵駕する。
“部分”は全体よりも偉大なことがある。
かたちの整った茶碗より、沓形でひしゃげた織部が魅力的に見えるし、金継ぎ茶碗は“破損”と“断片”、“フラジリティの記憶”“はかない消息”をまとい、痺れるほど魅力的だ。
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茶の文化というものは、もともと欠けていることを出発点にした。
“ありあわせ”こそが茶であった。だいたい回し飲みである。勝手に片膝も立てた。その席の茶碗もあれこれ持ち寄った。
それがもともとの村田珠光の出発点だった。
織部の茶碗は『へうげもの』(ひょうげもの)といわれている。織部の茶会で出された茶碗を後日、神谷宗湛が漏らしたことばらしいが「ひょうきんな茶碗」と言う意味だ。