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孤独な研究者の夢想

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認知科学研究・最近読んだ本・統計など研究に関係することを書きます。
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2019年3月の記事一覧

「ゼロにはたどり着かない」 〜分数概念の難しさ〜

よく巷では「小3プロブレム」という問題が取り上げられる。実際には子どもの発達のスピードによって、小3だったり、小2だったり、そもそも「プロブレム」のない人間なんてないのではないか、と思ったり色々だが、 その中で学年を問わず、一貫して子どもたちが困難さを感じるのは「分数」である。分数はなぜこうも難しいのだろうか。それを科学的に研究した論文が、 Carol L. Smith, Gregg E.A. Solomon, Susan Carey (2005) Never getti

コミュニティ・ゲーム『その部屋のなかで最も賢い人』(2)

著者のリー・ロスが行った実験の中に、ゲームの「名前」で印象が変わってしまう衝撃的な結果を示したものがあった。 「囚人のジレンマ」というゲーム(心理学実験課題)をご存知だろうか。 二人の被験者がお金をかけて、「協力する」か「離脱する」かを選択することができる。お互いに協力すれば、お互いに5ドルを得ることができるが、相手を出し抜けば、8ドル得ることができる。しかしふたりとも離脱を選んでしまったら0ドル得るということで、ジレンマに頭を悩ませるゲームだ。 この囚人のジレンマを使

客観性の幻想 『その部屋のなかで最も賢い人』(1)

思い込みから逃れられない私たち。『その部屋のなかで最も賢い人』では、私たちが『その部屋』つまり思い込みからなかなか逃れられず、部屋の中で最も賢くなるにはどうすればよいか、道標を示してくれる。 真っ先に第一章に書かれているのは「客観性の幻想」について。私たちは自分が思っていることが現実と等しく、さらに客観的とまで思い込んでしまうことが言及されている。 私たち人間は、自分の知覚が現実と一対一で対応していると反射的に思い込むだけでなく、自分自身の個人的な知覚が特別に客観的である

思い込みとどのように付き合うか?『知ってるつもりーー無知の科学』(3)

『知識の錯覚』が起こる状況は、周囲のもの・場所・環境や関わっている人々から生まれてしまう。 そして、『無知』『知識の錯覚』『知識のコミュニティ』こそがこの本の主題である重要なポイントだ。では、『無知』は悪なのだろうか?最初の記事においても書いたが、アクセルにもブレーキにもなる『無知』は必ずしも悪とは言い難い。 無知は腹立たしいものかもしれないが、問題は無知そのものではない。無知を認識しないがゆえに、厄介な状況に陥ることだ。 本文にはこう綴られ、本当の問題は無知に対して無

知識はコミュニティの中に 『知ってるつもりーー無知の科学』(2)

まずは本文の引用から。 人が自分の頭のなかだけにある限られた知識と、因果関係の推論能力のみに頼っていたら、それほど優れた思考を生み出せないはずだ。 人類が成功を収めてきたカギは、知識に囲まれた世界に生きていることにある。知識は私たちが作るモノ、身体や労働環境、そして他の人々のなかにある。私達は知識のコミュニティに生きている。 今までの知識観からすれば、この考えは突飛すぎるものかもしれない。なぜならば学校教育で評価する「知識」は、すべからく一人の人を対象として

アクセルにも、ブレーキにもなる思い込み(1) 『知ってるつもりーー無知の科学』

“物事を鵜呑みにせず批判的に考えなさい”,“虚心坦懐でありなさい”とは師によく言われるものだが,言われた通り自らの思い込みに囚われずにいることができるのだろうか. 自分の修士論文の冒頭を久々に見ると、なんとまた恥ずかしげもなく偉そうに語っているものである。 大学院時代に研究していた「思い込み」そして「バイアス」の話。去年翻訳が出た『知ってるつもりーー無知の科学』では、「知っている」と錯覚してしまう人間の不思議な力について認知科学の実験結果に基づいて新しい「知識観」を提供す