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それでも愛しているか もちろん愛している

前回の記事で今年は終わりにするつもりだったけど、、、
なかなか僕のX(旧Twitter)のTLが荒れておりまして。
「お気持ち表明」なんかするものではないけど思うことはそれなりにあって。。140字?だったかの制限よりはnoteを使えばまだマシかと思い急遽筆を取った次第です。

僕がオードリーのオールナイトニッポンを聴き始めたのは、いつだったのでしょうか??

すいません、覚えてません。。。

僕は完全に気づいたらラジオが生活の中に溶け込んでしまっていて、何かラジオで劇的な体験をして救われてから聴くようになったタイプではないんですよね。

それに学生の本分もこなして大学受験もして、できるだけ真っ当な人生に擬態できるように生きてきたので過去のアーカイブを漁ったりとかメールを送ったりとかできるようになったのってここ2・3年くらいで、、リトルトゥースというよりマイクロトゥースくらいでした。

だから正直に白状すると武道館以前、それこそ生電話して女の子にパンツの色聞いてた時代とか、みほちゃん大沢さんが暴れまくってた時代なんかを一緒には歩めていないんですね。

だから、国際フォーラムとかそれこそ単発の時代から追ってる人の気持ちを想像はできても完璧な理解共感はできないんですね。

だからどこまでいっても小僧の戯言になってしまうんです。
でも、だからこそ、見えてる視点があるとも思うわけで。。迷った末に筆を取りました。

あんまり悲しいツイートをしている人のアカウントは見ないようにしているんですけど、それでも少しずつ気持ちが離れていったみたいな内容がすごく目立ちます。そして東京ドームで亀裂は決定的になったと。

一言で言うと、オードリーの、と言うより若林さんの変化を寂しいと感じているのではないかなと僕は検討をつけている。春日さんの変化のなさ(正確にはちゃんとおじさんになる部分はなっているのだが今回の趣旨とはズレる)もとんでもないのでそれは別の機会に。

ラジオが始まりたての頃のような早口では話さなくなったし、当然体の変化に合わせて声も変わっていった。著書にも書かれているが性欲だってちゃんと減ってしまったらしい。そうしたらトークから強めの下ネタが減ることだって自然な変化だ。制欲の変化は男性ホルモンとも密接に結びつくし、そこには攻撃性の変化が嫌でも繋がる。あの頃のコンテンツに魅力を感じ、同じことを求めていたら最近のラジオに物足りなさを感じてしまうのも至極当然ではないか。

でもここで「じゃあ、聴くのやめたら?」なんて短絡的な結論は出さない。多分、本当にコンテンツの内容だけで聞いて、その内容の変化を好ましく思わないのならばそれはとうの昔に聞くのをやめてる。ここにきて「お気持ち表明」をして離れていった方々はきっとそうじゃない。
彼ら彼女らはきっと若林さんのエネルギーを受け取っていたのではないか。
あと1週間頑張る為のガソリン補給みたいなものだったのではないかなと思う。
その中で一番わかりやすいのが下ネタと怒りだっただけなのではないかなと。だって下ネタなんて人間の三大欲求って言うしね。

環境だって変わってきた。
コンプラが合言葉のように叫ばれる時代、誰も傷つけないと何もしないが混同されていって今ではできないと言われる企画がどんどん現在進行形で増えていっている。そんな中で以前と同じ内容の放送を続けてほしいは難しいのではないかな。これは時代を跨ぐほどの長寿番組の宿命ではないか。もし昔のを聴きたくなったらANNJAMを勧める。(あと本当はダメだけど結構無収益であるからお金なかったらYouTubeで探してよ)


もう一つ印象的だったのは「東京ドームライブが決まってから、ドームに来る人しか視界に入らずラジオをやっている」と言う意見だ。

ワード的には「疎外感」を何度も見た。
なるほど、これには一考の価値がある。

若林さんが何度も口にしていた不安、蓋を開けてみれば落選祭り、それでもload to  東京ドームやオープニングトークから膨らむ行きたい気持ち、

なるほど確かにドームに行けないのにドームの魅力だけが高まったら疎外感は感じるか。(しかし言っておくが僕もドームのチケットは持っていない。リセールを諦めてないけど滑り込みで渋谷公会堂のチケットはなんとか確保しただけだ。)
しかし考えて欲しい。
若林さんは東京ドームに来る人と言っていたか、
違う、
ドームライブと言っている。
この違いはとてつもなく大きい。
若林さんはドームで直接見られない人のことを置いていってなんかない。
東京ドームには現地観覧を応募して落選した人だけでなく、そもそも遠方だったり色々な事情で応募できなかった人もいる。そんな人たちにライブビューイングを全国の都道府県の複数会場でできるように準備したり、配信でもできないかと調整している。
忘れてなんか、ましてや無視してなんかいないよ。

こんなことを書いていたら年も明けたし、若林さんのノートも更新された。

リトルトゥースというかメディアの向こう側の声は本人に思う以上に届く、どんな意見も丸々届いてしまう。我々はお客様ではない、上でも下でもない。それを意識できない一部のネット民には胸がいたむ。

大きな集団は一丸となることへの難易度が上がる。

リトルトゥースは巨大集団だと証明された。だからと言って諦めるのはダサいぞ。

さあ、今こそリトルトゥースみんなで東京ドーム公演を全国で成功させようじゃないか。

僕たちはもうすぐ会えるはず

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