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第五話 Ask-The Smiths

失われた30年。この物語を2025年を生きる若者たちと1995年に若者だった人たちに贈ります。これは僕の遺作です。

初めて訪れたドバイの夜景は、宝石箱をひっくり返したように輝いていた。
無数の光が織りなす絨毯の上で、僕は異世界にいるような感覚に包まれている。
これまで欧米アジアを中心に旅をしてきて、中東というピースが抜けていた。

高層ビルの谷間に月の光が一条の銀色の道を引いている。その光が、何か特別なものを照らしているかのように感じた。

2023年6月、僕はこのドバイのホテルにいた。
テクノロジー業界のカンファレンスで、日本人初の『アウトスタンディング・リーダーシップ賞』を受賞したからだ。

受賞式とその後のパネルディスカッションに登壇するために初めてドバイにやってきた。
長いフライトを終え、僕は一息つこうと喫煙所を探していたが、みんな勝手に吸っていた。
空はオレンジに燃え、太陽が沈んでいくのが見えた。
僕はライターで火をつけて、一服してタクシーを止めた。
ドバイでのこのカンファレンス。
世界中から集まったCEOやCTOたちの中で僕が受賞することになった理由は、Thamani(サマニ)というプロジェクトへの評価だった。

スワヒリ語で「価値」を意味するこの言葉は、メタバース内でのゲームによる教育改革と、AIを駆使したメンタルヘルスケアテックのビジネスプランを描いており、僕は世界中のベンチャーキャピタルにオンラインでプレゼンしてきた。
そこで、今回のカンファレンスに応募してみないか❓とオファーがあったのだ。
受賞の知らせを受けたとき、最初は驚きと興奮が交錯した。
しかしすぐに、それまで積み重ねてきた仕事や取り組みが評価されたのだという確信も湧いた。
Web3やAI技術を使い、教育とメンタルヘルスケアにイノベーションを起こす。
地道に世の中に変化をもたらそうと模索し、世界で活動してきた結果がこうして形になったんだと実感した。
心の中で、
「これこそ自分が目指してきた場所だ」
と思えた。
でも、同時に、自分が人生最大の危機に陥った現実との乖離にたじろくことはないが、全面的な歓喜とはなっていなかった。
授賞式が行われる会場は、ホテルとつながっているものの、思ったほど豪華ではなかった。
むしろシンプルで、落ち着いた雰囲気だった。
それでも、ドバイならではの洗練された空気が漂っていて、僕は自然と会場に溶け込んでいった。

30年前を振り返れば振り返るほど、今の自分がここにいる理由が見えてくる。
僕は編集者として活動しWebメディアの編集長を歴任し、2020年からはWeb3やAI、そしてメタバースの可能性を信じて動き続けた。
僕はある程度の成功を収めることができた。

常にアウトサイダーだった自分にも神様が僕の頑張りを見てくれていて、こんな舞台を用意してくれたのかもな。

...なんて思いながら、会場の席に座り、プレゼンターが名前を読み上げるのを待った。
僕の名前が呼ばれると、会場から拍手が起きる。僕はその中をステージに向かってゆっくり歩いて、受賞の盾をもらった。
ドバイのカンファレンス会場の華やかなステージに立ち、スポットライトを浴びた。

受賞のステージで、僕はマイクを握り、英語でこう言った。

「この賞を、昨年亡くなった父と親友の唯之に捧げます。
今、この会場で私たちは一つです。
それぞれ違っていて同じではありません。
しかし、お互いを支え合い、共に歩み続けましょう。
名前のない場所へむかって歩いた先に、待っているのは、美しい日々です」

受賞翌日には主催者側からの公式インタビュー撮影も行われた。

最終日にはパネルディスカッションがあり、テーマは「テクノロジーと社会の責任」だった。

3人のゲストスピーカーとのパネルディカッションだったが、ほとんどの時間を僕が喋り倒すことになった。
最後に司会者の女性に、
「あなたの理想のテック企業は何処ですか❓」
と訊かれた。
僕は、
「企業では思いつきませんが、僕にとっての理想のチームは、U2です。
彼らは14歳、15歳で初めて組んだバンドが、初めての仕事になり、35年以上、世界のトップを走り続けています。
常に最新のテクノロジーを導入したステージとパフォーマンスで、オーディエンスを圧倒しながらも、ボノは、絶対にメッセージをやめません。
なぜなら彼の家族は、両親がカソリックとプロテスタントで引き裂かれていました。
さらに母親を14歳で亡くしました。

アイルランドは長い間、イギリスの植民地だったため、ダブリンは、IRSなど、過激なテロを繰り返される、危険な街でした。
そんな場所で彼らは育ちました。
そして、911アメリカ同時多発テロの後、コンサートで初めて追悼したのも彼らでした。

翌年のスーパーボウルでは、亡くなった方、全員の名前をスクリーンに映し出しました。
そして最後、歌い終わる瞬間、ボノは左手でジャケットを捲ると、そこには星条旗があり、テロで多くを失ったアメリカを励ましたんです」

後に、その時のことが『TIME』の表紙になり、タイトルは「ボノは世界を救えるか❓」だった。

僕がそう言うと、会場は静まり返った。
ステージから客席を見渡すと、人々の顔がぼんやりと浮かび上がった。
彼らの目は、僕の言葉に何かを感じているように見えた。
他の受賞者たちとも積極的に交流し、万事うまくいったことに満足感を覚えた….

しかし、帰国したから、僕は大失敗をやらかしたことを後悔した。
セプテンバー・イレブンによって、

イスラム教徒の方々やアラブ諸国、中東=テロ、というレッテルをアメリカに貼り付けられた

のだ。
それなのに、僕は、ドバイのホールで、「911テロとアメリカを励ましたU2」の話をマイクでしてしまった。
2025年現在の僕は、もちろん、911同時多発テロの真相を知っている。
だからこそ、悔やまれる。

ドバイでなんであんなことを言ってしまったのか⁉️と。

しかし、一人のアラブ人の青年が僕のところにやって来て、
「あなたのことを尊敬しています」
と言ってくれた。
現地ドバイの会場での僕のスピーチをちゃんと聞いてくれたのだ。
心の底から嬉しかった。
その夜、ホテルの駐車場からタクシーに乗り込み、街を走ってもらうと、文字通り"未来都市"が広がっていた。

見渡す限りとんでもない数の高層ビルとマンション、ネオンサインが煌めく中で、僕はこの街の凄まじいエネルギーに圧倒され、「スゲー‼️」を連呼するばかりだった。

灼熱のドバイに、夜の帳が降りると、超高層ビルの群の上に星が次第に空に浮かび上がり、無数の光の粒が広がるように輝く。

星々の光が無限に続いているように感じられ、その輝きがやがてビルを照らし、遠くの丘の輪郭が暗闇の中に浮かび上がってきた。

静寂を破るように時折フェラーリのエンジン音が間を抜け、風を起こす。
その風の音が、心の中で何かを呼び覚ますような新鮮さを感じさせた。
ホテルの部屋に戻った僕は、スマホの画面を覗き、明日話す内容を確認するため、過去の写真を探そうとGoogle Photoを立ち上げた。
思わず、手がすべり相当前の写真の部分までとんでしまった。
その時、僕の目に映ったのは、満開の桜をバックにして、コートを着てマフラーを巻いている女の子の肩に抱いて映っている、若き日の自分の写真だった。

すぐに1996年の春の代々木公園だとわかった。

なんてこった。

30年も経っているのに僕の心はあの頃のままで、歳だけをとってしまった。
本当にタイムマシンに乗っている。
僕は編集者としてキャリアを積み、著述家になり、メディアの編集長を歴任した。

テレビやラジオのコメンテーターをやったり、毎日のようにメディアに出ていた。
そんな40代前半があった。
シンガポールや深圳のラジオにも出た。
逆にカタール国営放送の「アルジャジーラ」から取材も受けた。

世界中を取材し、2016年にはアフリカ開発会議ではケニヤ、モザンビーク、南アフリカを訪れた。
ナイロビでのカンファレンス会場では、安倍首相にも同行した。

安倍さんとハイタッチした人ってどれくらいいるのかな。そういえば、ロシアのウクライナへの軍事侵攻が始まった後、テレビで安倍さんははっきりと「NATOの東方拡大」を批判していた。

その安倍さんももういない。

なんてこった‼️

それからナイロビの会場で、「公益資本主義」を唱える、日本の知と倫理の巨人、原丈人先生とも会うことができた。

一方で、90年代、売れないバンドで、下北沢のライブハウスでギターをかき鳴らしながら叫んだ日々。

サバンナも体験した。ケニアの野生のライオンは寒がっていた。
ケニアは高地なため、全く暑くない。
というか寒かった。

ケニヤの農村部は、無電荷、無水道、無舗装だった。

ソーラーパネルで充電し、若者を路上で音楽を大音量でかけながら、スマホ2台持ちを自慢げに見せていた。
しかし、何をすることもなくただいるだけだ。
「昼間から外で何やってんだ⁉️ 働いてもないのか⁉️」

そして、皆が集まってテレビを見ていた。

しかし、小学校に行くと壁もドアもなく外から教室は丸見えで、しかも机と椅子がない。
盗まれるので近くの倉庫に移して鍵がかけられていた。
またある日、

車で移動中、周囲が山火事のように燃えていた

焼畑農業なのだろうか。
先日起きたロサンゼルスの火災を想像してもらうと一番わかりやすいと思う。
舗装されていない一本道は引き返すことはできない。

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