その29『勇気凛々』~THE NIGHTS~
ある夜の帰り道だった。
遊び疲れた君をおんぶして家路についていた。
君は眠そうに聞いてきた。ねえとと━━、
『夢を叶えるためにはどうすれば良いの?』
あまりに唐突な質問に僕は噴き出してしまった。
『…突然どうしたん?』
『んー…どうしたら良いんかなあって』
僕は夢を叶えてきたんだろうか。
叶えてない気がする。
いや、叶ったのか。
そもそも僕の夢とは何だったんだ。
何を知っておけば良かったんだ。
どう答えれば君を満足させられるんだろう。
『いっぱい動くこと、
いっぱい試すこと、
いっぱい失敗することかな。
失敗は多い方がいいよ。』
僕の精一杯の答えだった。
それは僕が今やっていることだ。
聞いた君は黙って考えていた。
沈黙に耐えられなかった僕は聞いた。
『勇の夢って何なん?』
僕は野球選手か警察官と答えると思っていた。
そして、それに対しての僕の答えも、
『いっぱい練習しよう』『いっぱい勉強しよう』
そう答える事になるだろうと早合点した。
するととんでもない答えが返ってきた。
『世界中の人が笑顔で幸せに暮らす事』
うそ…?
僕の眼は最大限に開いた。
絶対、どこかのアニメか何かの受け売りだ。
そうに決まってる。
けれど、本当にそう信じているのなら、
僕は君と対峙せねばならない。
6歳と言ってたぶらかすわけにはいかない。
君をおぶって俯き加減で夜道を歩いていた僕は、眼前に大きな落とし穴が広がったような気がしたが、瞬時に、そこに一筋の橋が架かった。
僕は君をまず幸せにしなければいけない。
そう思った。
『…ととでもいい。あーちゃんでもいい。
近くの人を笑顔にするといいよ。
そしたら次は幼稚園の先生を笑顔にしよう。
次は野球の監督かな。
笑顔にしていく範囲を少しずつ広げてく。
そうすれば最後には世界中に広がる。
…わかるかい?』
『…うん。』
本当にわかったかどうかはわからない。
だけど、僕の考えはインプットされたと思う。
満足のいく答えだったかはわからない。
『あともう一個、聞きたいことがあんねん』
『なになに?』
『どうやったらずっと生きていられるん?』
…。
僕は永遠に生きている人を探した。
『和歌山の高野山という所で1300年間、
今も修行しているお坊さんがいる。
そのお坊さんみたいに。
名前を皆に覚えてもらうんよ。』
『そうなん?』
『勇のその夢を叶えて有名になることやよ』
この方がわかりやすいかな、と思った。
君の存在を人々の記憶に残せと言いたかった。
それはAviciiの『THE NIGHTS』の受け売りだ。
君は性別がわかるまで女の子として扱われた。
3番目は女の子が待望され、
名前は『心(こころ)』にすると決まっていた。
ところがお腹の君に兄貴達はあだ名をつけた。
『ハート(HEART)ちゃん』と。
男の子として生まれた君の名前『はやと』は
そのあだ名が転じたものだ。
だけど、僕は何故、この漢字を選んだのか、
わからないままでいた。
家に着いて、君は泣きながら眠りについた。
明日は幼稚園に行きたくない、と。
『先生に怒られるかもしれない』
君は怒られる事自体は問題にしない。
先生が笑顔じゃない事の方が辛いんだろう。
その道は、きっと苦労が多い道だよ。
その道を敢えて行こうとするのか。
そうか、それはとてつもない勇気が要る。
『とと、一緒に行こ〜』
よく耳にする言葉が聞こえた気がした。
ともに歩もうか。
世界を笑顔にするために。
この夜を君は覚えていてくれるだろうか。
僕は一生忘れないと思う。
そして、僕は次の、その30で、
『手紙』を終わらせようと思います。
ハイビスカス
花言葉は『勇敢』