部活の遠征で上野のヤンキーに追いかけられた話
高校の部活動は青春の象徴みたいなところがある。かく言う僕も高校生活の殆どの時間はバレーボールに注いだ。
そんな大切な部活動から学んだ様々な教訓のひとつ。それが、
ヤンキーに追いかけられるとこわい
ということだ。
思い出せない場面が少なからずあるが、恐れずあの頃の激動の数時間を綴りたい。
◆
あれはたしか、高校2年の1月。高校時代バレーボール部に所属していた僕は、出場できなかった春の高校バレーの全国大会を観戦するために、東京へ来ていた。
僕たちの高校は宮城県で毎年1位、2位を争うチームで、練習試合はいつも他県の強豪チームや大学生と行っていた。当然、全国大会への出場を部員は目指していたし、県予選で敗退したとはいえ、全国のレベルをその目で見るというのは非常に大切だ。僕たちは千葉の高校へ遠征し、その足で全国大会を観戦した。
全国大会の様子は皆まで言うまい。ハイレベルな攻防を見ている間は東京に居ることなど忘れ、アツイ対戦カードの試合を食い入るように見入った。
観戦後、仙台へ帰るまでの時間に貴重な自由時間が与えられた。普段遠征に行く時は遊べる時間など当然無いので、奇跡のような計らいだった。
自由時間はおよそ1時間から2時間程度だっただろうか。上野駅に放たれたおのぼりさんの僕たちは、信じられない人混みに唖然とした。
ビクつきながらも、今は貴重な自由時間。少しでも東京を謳歌しようと、ぞろぞろ同期の男7人でアメ横へ繰り出す。
ちなみに、断っておくがこの時の僕たちはバカだ。遠征に来ている訳だからお洒落な服など到底持ち物にはなく、部活動のジャージを纏っていた。到底スタイリッシュでカッコいいジャージなどではなく、もう誰が見ても「お、消防団かレスキュー隊じゃね?」っていう真紅で烈火の紅蓮なスウェットが全身に張り付いていた。マジで恥ずかしい。
当時のジャージ
(この姿でアメ横を練り歩いた)
初めてのアメ横は色んな匂いがした。カットしたパインやらリンゴやらの果物を割り箸にぶっ刺して売っているお婆さんや、この僕たちが見たって商品の殆どがパチモンだろうと思える値段で売っている香水店。
とにかく売っているものや漂ってくる匂いで、僕たちは歩いているだけで着実に疲弊していった。
「ヤベェな人混みマジヤベェ。おれ人混みダメなんだよなーもうキツイキツイキツイキツイ」
同期でも線の細いA野くんは、疲れからか、練習にも負けない頻度でキツイキツイアピールし始めた。誰も構わず、無視する。
そうこうしながらなんとか進んでいくが、このままでは何にもしないまま疲弊して終わりだ。折角なら買おうが買わまいが店内を見るなりして、観光感を味わなければならない。
意を決して、よく分からないTシャツ屋を覗いたり、定番のお菓子の叩き売りを見るなりした。
そこからは僅かではあるが、余裕が出てきた。皆の顔を見ると、どこか仙台の七夕祭りに来ている時のような、祭りを楽しむ余裕が窺える。おのぼりさんだって、時間があれば慣れていくのだ。
僕も得意げな気分になって、チョコレート叩き売りを見ながら首を捻って、「もうひと声!」なんて調子に乗るなどした。
しかし恐怖は一瞬にして訪れる。
完全に油断しきったレスキュー隊のご一行は、これまたニセモノ臭の漂うサイフ店に入る。狭く薄暗い6畳ほどの店内。店頭の『一律1,000円!!』とマジックで書かれた紙の貼られたワゴンには、無造作にサイフが投げ散らかされていた。
特に買うつもりもなくワゴンの財布を弄んだのち、またブラブラを通りを進もうとしたその時だった。
「おい、サイフ盗ったろ」
ぶっきらぼうな声で、自分と同じ程の齢の男が話しかけてくる。…見るからにヤンキーだ。背格好は大したことないが、暴力的な視線がこちらに向けられる。
「イヤイヤイヤ。盗ってないっす盗ってないっす」
キツイキツイアピールのA野くんが早口に答える。ここで豆知識。田舎者は都会に行くとあらゆるものが自分より目上と思ってしまい、相手がどんな風貌をしていようと丁寧に敬語を使ってしまいます。
「盗ったろ。見てたんだよ」
当然、上野まで進出して来てニセモノの1,000円サイフを盗むようなやつはここには居ない。ヤバいやつに絡まれたな、と思ったのも束の間、同じような見た目の眉毛と目尻を吊り上げたような奴が更に数人現れた。
こちらは7人だが、ケンカなどしたこともない。出来るのはバレーボールと簿記だけだ。ましてや学校名が燦然と左胸に輝いており、喧嘩沙汰など起こせば影響は必至。なんだかドラマみてぇに不利な状況だな、とか考えていると
「行こう」
同期イチのイケメンでクレバーなやつ(クラスでのニックネームは"王子")が、颯爽と撤退し始めた。こういう時の彼の頭の回転の速さはすごい。直ぐに駅に向かって歩き始めた彼に続き、後から僕ら6人も続く。
人混みをすり抜けながら駅に向かうレスキュー隊はマヌケそのものだった。早足で巨大なエナメルバッグを人にぶつけて歩きながら、早くあの店から離れようと必死に歩く。
ちなみにエナメルバッグの写真はこちら。赤ジャージにこの真っ青なエナメル。マジでどうなってん仙商バレー部よ。
「…?」
同期の1人が振り返る。
「〜〜〜〜……!!追っかけてきてる!」
早足で逃げながら振り向くと、彼奴らが一層に目を吊り上げて追っかけて来ている!7人は顔を見合わせる。誰からとも言わず慌てて走り始めた。
ここで、「盗ってないんだから。逃げる必要ないでしょ」と、内心ビビりまくっているものの、僕は走って逃げないという決断。もちろん早歩きは続行するものの、決して走らない。
もう1人が僕に倣って歩くことを選び、僕たちは2人の競歩と5人のマラソンチームに分断させられた。
◆
ヤンキーは僕らと同数か、少し多かったと思う。猛然と迫るヤンキー数人は競歩する僕の左脇を駆け抜け、マラソン組を追い掛けていく。平然な顔をしてる素振りで「しめしめ。やっぱここは歩くのが正解だったか。悪いな、王子」などと思っていると
「おい」
……まだ輩の仲間がいた。競歩する僕らに並んで同じように競歩しながら睨みを効かせてくる。
「おい。サイフ盗ったんだろが。逃げたやつらの連絡先教えろ」
これまた競歩をしながらヤンキーは凄む。殴るなりして聞き出せばいいのに、なんだってご丁寧に額に汗を浮かべて競歩をしながら尋ねるのか。僕らとヤンキーを合わせた4人は、緊迫した空気の中でアメ横を見つめ、競歩を続ける。
「知らないっす。連絡先、知らないっす」
ビビリまくる僕。ここでも田舎モンらしく敬語を使っていた。
知らないわけねーだろ!どう見たって同じレスキュー隊員なら携帯番号くらい分かるだろ!
と、ドヤされるかと思えば、ヤンキーは「チッ」と舌打ちを1つして、マラソン組の方へ走って行った。ガンジーも頭が下がるくらい非暴力を貫く集団なのかもしれない。もはや愛着すら湧いてくる。実は地味に良いやつなんじゃないか?
こうして残された競歩組2人は急ぐ理由を無くし、ゆったりと上野駅へ向かう。残りの自由時間はあと30分ほどだろうか。
「…この後、どうすんだ?」
共にアメ横を歩き抜いた戦友に尋ねられる。僕は迷わずに、こう言った。
「交番に行こう」
幼稚園か!もう、幼稚園なのか!!
僕は昔っからビビリだったので、知らない土地へ行ったら直ぐに交番がどこにあるか確認していた。上野の場合、1階の駅構内の蕎麦屋の向かいに交番があり、自由行動を始めたその瞬間から僕は認識していた。
Google mapで確認した交番
記憶のまんま過ぎて感動した
「とりあえず交番まで行って、あいつらに電話しよう」
僕の心眼が見通した完璧なプラン通りに、交番へ行く。マラソン組とは離れ離れになって10分ほど経ったろうか。彼らは逃げ切れたのだろうか、それとも……。
交番前に到着する。あの紺色の制服を見て僕と友人は安堵のため息を漏らす。別に殴られてもいないのに。
マラソン組の1人へ電話を掛ける。出ない。
(もしや、やられたんじゃ……!)
同じく別のマラソン組へ電話する。数コールで電話に出る。
「おい、もしもし!大丈夫か?何処にいるんだ」
慌てて尋ねる僕。
「…あの人たちと話してる。駅のそば」
声は暗いが、緊迫している雰囲気ではない。ひとまずこのまま何処かに連れ去っていくような輩ではなかったみたいで安心した。
「そっか良かった。こっちは2人で交番の前にいる。誰もサイフ盗ったりしてないんだから、一緒に交番来い。そう言えばなんも出来ないだろ」
数分して、マラソン組5人が無事に交番前に現れた。ヤンキーは居なかった。僕が言ったことをそのまま伝えたら、諦めて居なくなったらしい。
「…マジヤベェ最悪だったわマジ」
A野くんは相も変わらず、疲れ切った僕らに遠慮なくネガティブな発言を重ねる。
「マジでジャージに高校名書いてなかったら飛び蹴りしてやったわマジ。弱そうだったしアイツらウィウィ」
◇
こうして、僕らの上野デビューは散々な時間で終わった。誰も何も買わず、ヤンキーから逃れて汗をかき、うなだれるような疲労だけが残った。
後からマラソン組から聞いた話だと、駅のそばまで来てヤンキー達に追い付かれ、サイフ盗難の嫌疑を問われたらしい。胸ぐらを掴まれた者もいたらしいが、殴られはしなかったそうだ。
結局、あのヤンキー達は何をしたかったんだろう。もしかしたら、上野の万引き犯を成敗する正義の味方?しかも非暴力を信条としている志高い集団なのか…?
今となっては真偽はわからない。
かくして、僕らの青春に1つの教訓が刻まれた。
『ヤンキーに追い掛けられるとこわい』
みんなも、慣れない土地に行ったら交番を確認しようね。
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