アイドルの恋愛禁止について~本当(普通)の豊かさとは
juice=juiceで高いボーカル力を誇った高木 紗友希さんが、2021年に恋愛禁止のルールに抵触して契約解除になったことを知り、「アイドルの恋愛禁止」ついて再び考えてみた。
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そして、議論は極端な例で見た方がわかりやすい場合があるので、アイドルの恋愛禁止についてAKB48峯岸みなみさんの例を見てみた。詳しくは引用した記事を参照してほしい。
峯岸みなみさんの例を見て感じたのは、アイドルに「恋愛禁止というルール」を押しつけるのは、やはり感覚的に気持ち悪いし、アイドルの人権を無視しており、またアイドルの「表現者としての成熟」も阻害しているということだ。
マネジメントとファンが共謀してアイドルに「無垢な存在」としての偶像役を押しつけ、ファンはその「幻想」を当然のものとし、アイドルが恋愛をしてそれが発覚したら「ペナルティ」を課される(グループ脱退や酷い時には損害賠償)というのは、あまりにも「いびつ」ではないか。
我々ファンは、アイドルの人権を尊重し、全人格としてのアイドルを推すべきなのではないか。そして、恋愛経験を踏まえたアイドルの表現を、ファンとして享受することこそ、「本当(普通)の豊かさ」なのではないか、と感じている。
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これまでアイドル文化は、上記のような「マネジメントとファンに作られた幻想」を前提として育ってきた。しかし、それは憲法第13条の「幸福追求権(※)」に反する。
ファン自らは「仕事以外のプライベートは自由」と幸福追求権を主張しておいて、自分が応援していると主張するアイドルには「仕事以外のプライベートも規制されるのが当然」と考えるのはあまりにも身勝手ではないか。ファンとして筋が通らないのではないか。
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では、どうすればいいか。
具体的には「アイドルの恋愛は『仕事以外のプライベート』として、本人の自由とする。ただし、活動する中で明らかに人気(売り上げ)が落ちてきた場合は、仕事として降格、契約解除もあり得る」とするのがいいと思う。これならば「仕事」として納得感がある。
「恋愛しても人気は落とさない」という気概のあるアイドルが生まれる可能性もある。日本のアイドル界においては、新しい展開で、これはこれで面白そうである。まぁ、他国では当たり前のことなのだが。
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…と、そんなことをつらつらと考えていた。
そして、このような形が当たり前となれば、僕自身もアイドルファンとして成熟を求められるのだ。うん、しんどい。しんどいが、「ファンとしてアイドルに筋を通す」ためには、慣れるように頑張るほかあるまい(笑)
※幸福追求権とは
第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。
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