帰 郷 (2)
帰 郷 (2)
三歳のダイが
レンゲ畑の道を駆けてくる
右足と左足をもつれさせながら
全力疾走してくる
わたしは義母の手をひいている
滝の落下する水音を背に
義母の握りしめる灰色の杖が道をたたく
田をぬう一本道がつきあたる山の中腹で
水力発電所の鉄管が白色に輝いている
山の麓で川がかすかに息を噴き
土手は雑草が人の背たけを
はるかにみおろしている
ダイの駆けて来る姿を
視界のなかで泳がせながら
わたしが握りしめているのは
義母の骨太な手である
十二人のこどもを育て
土を耕しつづけた義母の体臭は
泥土と傾いた流し台とかまどの煙が
強く住みついている
八十四歳の年輪は土を耕すことを
全く知らない嫁の手を
握りしめ巨大な尻を道に
垂直に切りたててあるく
眼前に広がる緑の自然が
義母の内でとけて流れている
ダイが途中で摘みとったレンゲをふりふり
ひたすらこちらに向って走ってくる
わたしのなかで言葉にならず湧きたつものがある
激しく義母の手をにぎりかえしている
レンゲ畑の道をかけてくる
ダイのからだをとおして
山すそにひろがる杖のひびき
義母のふかい呼吸をきづかってのぞきこむと
稲穂のような眼が
揺らいで笑った
詩集「生える」より (13)
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