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【春秋一話】 8月 「ミチクサ先生」と呼ばれた漱石

2021年8月23日 第7106号

 千代田区神田の丸の内線淡路町駅近くに「松榮亭」というレストランがある。創業1907(明治40)年という老舗の洋食レストランだ。ここのメニューに「洋風カキアゲ」という料理がある。昼時にはランチメニュー「カキアゲライス」としても人気がある。この松榮亭の初代店主は、東京大学の教授フォン・ケーベル氏の専属料理人だった。
 彼の家を訪れた教え子の夏目漱石が「何か変わったものが食べたい」とリクエストしたところ、冷蔵庫に残っていた食材を使い即席で作ったのが洋風カキアゲだった。漱石はそのオリジナル料理がたいそう気に入り、以来、松榮亭の看板メニューとなったそうだ。
 この明治の文豪夏目漱石の生涯を描いた「ミチクサ先生」という小説が日本経済新聞朝刊に掲載されていた。連載が始まったのは2019年秋。著者は「大人の流儀」シリーズのベストセラー作家の伊集院静氏。まだ「コロナウイルス」ということばも聞かなかった頃であり、毎朝、掲載の小説を読むのが楽しみになっていた。
 ところが日本国内へのコロナウイルスによる影響を予告するかのように2020年2月に著者の急病により休載となった。コロナ感染ではなかったが大病とのことで、一時は再開が難しいのではとも思われたが、幸い回復し約9か月後の同年11月に再開された。その後、順調に連載は進み、先月に連載が終了した。
 夏目漱石、本名夏目金之助は、東京牛込で生まれ、大学卒業後に、松山、熊本で英語の教員を勤める。熊本で教員をしているときに明治政府から英国への留学を命じられ、約3年間をロンドンで過ごす。
 日本へ帰国後は東京に居を移し、帝国大学の講師となり、しばらくして友人に勧められて教鞭をとりながら「吾輩は猫である」を執筆し、同人誌に掲載される。続く「坊ちゃん」も好評で、本人も小説執筆を生業とすることを望み、朝日新聞社に誘われて専属の小説家となり、数々の名作を執筆していくこととなる。
 伊集院静氏は10年ほど前に正岡子規を主人公とした「ノボさん」という小説を出版しているが、その中で漱石との友情を描き、漱石の「人間としての魅力に感心」したことが今回の小説に結実した。連載終了後の感想を述べた記事には「こんな人がそばにいたらずっと見ていたいと思うほどユーモアに富み、慈愛に満ちた人物であった」と感慨を語っている。
 この小説のタイトル「ミチクサ先生」は寺田寅彦が芥川龍之介に語る次のような逸話から付けられている。
 熊本での教員時代、学生だった寺田寅彦が俳句に夢中で勉学が疎かになっていると教師から叱られたことを漱石に相談した際、「叱られるかと思ったら、先生は笑って庭の築山を指し『教師はあの築山のてっぺんが最終の目標のごとく教えるだろう。でも実は、勉学も生きることもいかに早くてっぺんに登るかなんてどうでもいいこと。いろんなところから登って、滑り落ちるのもいれば、転んでしまうのもいる。山に登るのはどこから登ってもいい。むしろ転んだり汗を掻き掻き半ベソくらいした方が同じてっぺんに立っても見える風景は格別なんだ。ミチクサは大いにすべしさ』」と。
 私の年代にとって高校1年での課題図書だった「こころ」や、「草枕」「三四郎」など堅いイメージの強い漱石だが、その生涯の中では、家族や友人を慈しみ、多くの作家に影響を与え、日本の歴史にも大きな足跡を残したことを改めて知ることができた。近いうちに「草枕」を読み直してみよう。
(多摩の翡翠)

カワセミのコピー


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