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エッセイ#5「我が家の味噌汁」

 夫は外食で出される味噌汁が飲めなくなった。味が濃く感じるらしい。これは私が作った味噌汁を飲み続けた結果だ。

 夫は埼玉県出身の関東人で、私は兵庫県出身の関西人だ。本日に至るまで我々二人は、いくつもの関西vs関東を繰り広げてきた。言葉の壁に始まり、風習、金銭感覚まで。同じ日本人なのに、ここまで違うのか。反発したり妥協したりを繰り返し、トイレットペーパーはシングル、食事の配膳位置は関東式、お雑煮は丸餅と白味噌、肉じゃがは牛肉と、お互いの意見を擦り合わせつつ生活を共にしてきた。 
 が、特に問題になったのは味の違いだ。料理を作るのはたいてい私なので、どうしても関西風になってしまう。調味料は薄口醤油に白だしで、とにかく料理は出汁が命。出汁の風味を活かすため、関西では全体的に薄味となりがちだ。
 その出汁も関西と関東では違う。出汁といえば関西は昆布だし。それに対して関東は鰹節が主流だ。

 なんでもこれには江戸時代の流通事情が関係しているらしい。当時、北海道で採れた昆布は北前船(きたまえぶね)と呼ばれる、売り買いしながら運送する買積廻船(かいづみかいせん)に積み込まれ、日本海側から関西を経由し全国に出荷されていた。江戸に近い太平洋側は海が荒れやすく、海難事故が多発したことから、比較的安全な日本海側の航路を利用するようになったらしい。一説によると、こうして関西に運ばれた昆布は、上質なものから京都や大阪で売れ、江戸に届くのは売れ残ったもの。それもあって、昆布だしが江戸では広まらなかったと言われている。

 我が家でも最近は、カツオ風味のダシの素を使うこともあるが、基本は昆布で出汁を取ることが多く、コンロ横には出汁用にカットされた昆布が、いつもストックされている。味噌汁を作る時にも、我が家はこの昆布で出汁をとる。味噌については甘口が好みで、麹味噌や合わせ味噌を使うことが多い。関東の米味噌は辛口が多く、私には少ししょっぱく感じる。昆布だしに甘口の味噌。具材野菜の旨味だしも加わって、薄味ながら渋味深い味噌汁が完成する。

 そんな我が家に、私の母が遊びに来た数年前の出来事。
 私が夕食の用意をしていると「何か手伝うことはないか」と、母が声をかけてきた。もうほとんどの料理は完成していたが、せっかくなので母に味噌汁を作ってもらうことにした。母の味といえば、季節の便りに送ってくれる、手作りのイカナゴのくぎ煮を多々口にしてきたが、母の味噌汁は私にとっても久しぶりで、夫にとっては初めてのおふくろの味である。
「うちの実家の味付けは薄いよ」
と、私はあらかじめ夫に念を押しておく。
「何言ってるの、もうすっかり薄味には慣れてしまったよ」
と、自信満々な笑みを浮かべる夫。余裕を見せるその姿を見て、夫の成長を嬉しく思う私。
「お口に合うかしら」
と、少し不安そうな母の言葉をきっかけに、夫と私は一口、二口と母の作った味噌汁を口に運んだ。

 あの日から、夫は私の作った料理の味を薄いとは言わなくなった。
「あの時のお義母さんの味噌汁は予想外だったな」
「うん、久しぶりに飲んで流石に私もびっくりした」
時々、思い出しては繰り返す夫婦の会話。
 あの日のおふくろの味は本当の薄味だった。後日、夫はあの時の味噌汁を「味噌の色が付いた白湯」と表現した。濃い味で育った夫の舌には、難易度が高かったのだろう。久しぶりに飲んだ母の味噌汁は、確かに私もびっくりするくらい薄味だった。でも白湯は言い過ぎかな。母の作った味噌汁は、ちゃんと出汁の風味が効いていたのだから。

 母の味付けで育った私は、ずっと薄味に調理してきたつもりだったが、気がつけば、関東寄りの味付けになってしまったようだ。家族みんなが美味しく食べられるようにと調理していくうちに、今の我が家の味が完成したのだから、関東と関西の戦いというわけでもないのかもしれない。ただ、夫は、薄いと思っていた私の味噌汁が、実は自分の舌にも合いやすく、少しずつ濃くなっていたという事実を、少し嬉しく思ったようだった。

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