HoSAとの出会い 仲間との別れ
心の折れる音がする
どうしても長男が学校へ行かないと言う。
クラスの仲間が
陰口を言ってきて
自分で注意しても止まないし
先生に言っても止まないし
本当に嫌だと言う。
こんな時、
「本人はこう言っていますが
事実確認をお願いできますか?」
と学校の先生にすぐ相談するのが正解。
そして、私もそうした。
長男がちょっかいや嫌がらせをして
相手を煽っていたことがあるのも事実だとわかった。
しかし、複数による陰口と嫌がらせがあって
それが常態化していて
そのいやがらせをする児童への指導が
担任からなかなか入らないのも事実とわかった。
教員になって3年目の若い男性担任だった。
やんちゃな男の子の心に届く言葉は
持ち合わせていなかったのだろう。
残念。
担任ガチャ、ハズレだ。
私も心折れそうになりながら
毎日彼からくる
不本意な電話でそのことを伝えた。
しかし、ある日決定的なことが起きた。
前日の担任からの電話で
翌日の持ち物がいつものように伝えられた中に、
「絵の具セット」
なんて言葉は一つもなかった。
しかし、頑張っていった学校の
図工の授業で
「絵の具セット」を使うことになった。
当然長男は絵の具セットをもっていない。
長男は先生にそのことを報告した。
先生は、
「忘れたなら、みんなのために水汲みをしなさい」
と言ったらしい。
長男は水汲みをした。
みんなが使う絵の具の水を
みんなが使いやすいように
バケツに水を汲み、
汚れた水を水道に捨てて
片付けもしたらしい。
それをみて、例のいじめっ子たちが
長男をバカにした。
「耐えられなかったよ」
と、長男は話してくれた。
私はそれを聞いて
心の折れる音を聞いた。
1つは長男の。
もう1つは私の。
令和のこの時代に
こんなことあっていいのか。
こんなにも非人道的な人間が
子どもたちの近くにいていいのか。
それでも、
その時に長男にかけた言葉は
いまだに間違っていないと
私は思っている。
「先生があなたを守ってくれないなら
そんな場所は学校じゃないから
行かなくていいよ。」
ホームスクールを始める
いろいろ探すと
世の中にはいろんなコミュニティがある。
私がお世話になている場所の1つに
という団体がある。
詳しくはこちら↓
https://homeschool.ne.jp/
さまざまま理由で
通うスタイルの学校を学びの場として選ばない
「積極的不登校」と言われる家族が集う場所。
ここで私は
全国&海外に散らばる
ホームスクーラーのお父さんお母さんたちとつながって
やり取りをし始めた。
特に仲良くなった2人のママと
夜な夜な愚痴ったり
情報交換したり
新しいお話会の企画を考えたり。
昼間はそれぞれ
子どもと向き合ったり
仕事もあったり
学校へ付き添ったり
嫌な思いをいして帰宅したり。。。
そんな中にいて
なかなか深く呼吸も吸えなかったので
深夜の時間は吐き出すことで
自分たちを癒す時間になっていた。
「付き添っててわかったけどさ、
先生たちって大変なんだけど、
え?それってそこまでやる意味ある?っていう
なんていうか…学校への不信感も同時にもつよね」
「そうそう!
背筋、グーペタピン!※とか、
いらなくない??」
※グーペタピンとは?
イスに座ったら机とおなかの間は “グー”1つ分、あけよう!
つま先もかかとも“ペタッ”と床に くっつける。
背中は煙突みたいに、まっすぐピン! とのばそう。
という、呪文みたいな合言葉のこと。
「あ〜それはやり過ぎだよね。
大人のエゴから来てるよね。
姿勢が崩れると
全てが崩れていくという
迷信からきてるよね〜」
とまあ、本音トークナイトが続く。
そんなことを繰り返しながら
お互い支え合っていた中で、
ついに東京でランチしようと言う話になった。
新幹線で富山から上京。
しかし、1人のママと前日から連絡が取れなくて。
忙しいからだよね、と思っていた。
運動会でも、一緒にかけっこ走っちゃったって言ってた。
ぜーぜーして、先生からも怒られて
大変だったって言ってた。
ま、現地で会えるかな、って思っていた。
けど、それは叶わなかった。
前日にはもう
日頃の心労が祟って
倒れてしまって
病院に運ばれていて、
そのまま亡くなっていたってことを
私はランチの約束の2時間前に
HoSAの理事さんからの電話で知ることになる。
だから言ったのに…
無理しないでって
あんなに言ったのに…
血圧高くてドキドキするって言うから
学校行くのやめなよって言ったのに…
無理するから…
無理したから…
わかるけど…
子どものためって思ったら
そうなるのもわかるけど…
死んじゃったら
もう子どもに会えないじゃんか!!!!
その後2人で合流して
私は事情を彼女に話して、
天を仰いで
涙を拭いて
献杯して
1人でも
不登校で命を落とすママやパパを
減らしたいよねって話した。
こんなの
悲しすぎる。
こんなの
辛すぎる。
亡くなった彼女が
残してくれた言葉と
Zoom越しの
あったかい眼差しを
2人で思い出しながら私は、
彼女の生きたかった分まで
精一杯生きようって、
やりたかったことが道半ばで
終わってしまった彼女の分まで、
「本当にやりたい!」と思ったことは
命の限りやろうって、
決めたのでした。
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