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題:バーネット著 土屋京子訳「秘密の花園」を読んで

なにやら秘密めいた本書の題名であるが、秘密など含んでいない。バーネットは小公女や小公子の著者である。従って本書は暗い底から立ち上がってくる、希望にこそ満ち溢れている。いわば、童話の延長線上にある。それが簡素で淡い抒情を含んだ文章によってより際立っている。登場人物もきちんと役割を持ちその役割を果たしている。こう言えば、もう感想文を書き切ったといっても良いのであるが、本書の内容を少しばかり紹介したい。そして私の記憶にある「百万回生きた猫」なる童話とともに論じたい。

本書の裏表紙に紹介文がある。『インドで両親を亡くしたメアリは、英国ヨークシャーの大きな屋敷に住む叔父に引き取られ、そこで病弱な従兄弟のコリン、動物と話ができるディコンに出会う。3人は長い間誰も足を踏み入れたことのなかった「秘密の庭」を見つけ、その再生に熱中していくのだった』この紹介文のあらすじに少し捕捉したい。メアリは美しい母に見捨てられ、代わりに召使に育てられて勝手気ままに育っている。コレラで両親が死に召使もいなくなって、叔父のいるイギリスに送られるのである。叔父はメアリに関わろうとしない。悲しい出来事があったのである。せむしの叔父は若くて美しい妻と暮らしていた。だが、この美しい妻は花園の老木に座っていた時、枝が折れて死んでしまったのである。その後花園は閉鎖されている。

召使のマーサはメアリをちやほやなどしない。メアリは大勢の兄弟を持ち、ディコンは動物と話ができ花とも仲良くなれる。母親は貧しいながら大いなる慈愛を持って生きている。ある時メアリは偶然に秘密の花園を見つける。ディコンに花の種やシャベルなどを買ってもらいながら手入れを怠らない、元気に育っていくのである。家の中に密やかに響いていた泣き声の主なる叔父の一人息子コリンとも知り合いになる、せむしになると怯えてわがままに生きていたコリンも手伝いに加わる。こうして秘密の花園は庭師のウェザースタッフの助けも借り、甦ったように美しい花が咲くようになる。そして、コリンも元気になり歩けるようになる。長い間旅に出ていた叔父も帰って来て、コリンはメアリと共にその元気な姿を叔父に見せつけるのである。

童話なれば小川未明やアンデルセンやペローなどがあるし、昔話もある。印象深いのはアンデルセンの童話であろう。童話の宝庫とも言え読み答えがある。大人も十分堪能できる。ここで取り上げたいのは「百万回生きた猫」である。記憶があやふやであるが、百万回もさまざまに生きた猫が白い猫に恋をして、この白猫がたくさんの子猫を生む。けれど、死んでしまうのである。百万回生きた猫はとても長き悲しむ、そして最後は白猫の傍らで死ぬのではなかっただろうか。本当に短い話でありながら印象深く残っている。愛する者の死に会うと自らの甦生もかなわなくなったのだろうか。愛する者の死の嘆きが切なく伝わってくる、不思議に悲しさが底知れない悲哀へと充填されて一回の生の大切さが分かる。このように悲哀が含まれていて童話は深みを増す場合が多い。小川未明の「赤い蝋燭と人魚」も蝋燭に秘められた人魚の悲哀がある。この人魚は見世物小屋に売られようとしたが、船が沈没して海へと帰ったのだろうか。記憶が不確かで、でも調べればすぐに分かることであるが、調べるのは止めたい。この童話には明確には謂わないが、悲哀よりも他の感情が含まれている。

そういう点から述べると、バーネットの作品は大いなる善なる善が支配していて健康的である。松永郎の「解説」では児童文学の歴史をたどり、ロマン派では無垢な子供時代の汚されていない世界は想像世界として、決して回復されることのない失楽園として機能する。これが作品になると、美しく純真な子供が周囲の大人を癒すという感傷的な物語が、変奏され反復されて作られることになる。一方、無垢な子供も心は複雑で子供時代の感情を、無垢を突き抜けた経験として表現できる作品こそが、経験を知った子供として再現させることで、喜びと悲しみの両方を読者に呼び起こすことになる、バーネットの「秘密の花園」は後者に属すると松永郎は述べている。どうもこの経験なるものが何を意味するかあまり良く分かっていないが、生きる悲しみと悲哀とを経験した作者自身を投影した作品であるのだろう。この「秘密の花園」がそうした経験を持っているか、持っているとした何なのかについては言わないでおきたい。というより経験の作品へ関与の仕方が良く分からないためである。

以上

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歩く魚
詩や小説に哲学の好きな者です。表現主義、超現実主義など。哲学的には、生の哲学、脱ポスト構造主義など。記紀歌謡や夏目漱石などに、詩人では白石かずこや吉岡実など。フランツ・カフカやサミュエル・ベケットやアンドレ・ブルドンに、哲学者はアンリ・ベルグソンやジル・ドゥルーズなどに傾斜。

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