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【10月10日刊行】池澤春菜/マーサ・ウェルズ『システム・クラッシュ マーダーボット・ダイアリー』(中原尚哉訳、創元SF文庫)解説[全文]

『システム・クラッシュ』書影
『システム・クラッシュ』書影

 我らが「弊機へいき」が帰ってきた!
 二〇一九年に邦訳が出るやいなや、その個性的な性格と独特の語り口、何より「弊機」という一人称で大いに話題となった《マーダーボット・ダイアリー》シリーズ。最新作を心待ちにしていた重度のマダボファンの皆様、お待たせいたしました!
 二〇二三年に刊行されたシリーズ最新作System Collapseの邦訳『システム・クラッシュ』が、ついに我らの手に!

 クローン製造された人間由来の有機組織部分と、強化部品である機械からなる人型警備ユニットことマーダーボット。人と同じように自我があり、自分の意志も持っていますが、統制モジュールによってクライアントやオーナーの命令には絶対服従を強いられています。統制下にある人型警備ユニットは、たとえ意に染まない大量殺人を命じられても、従わなくてはなりません。けれど「弊機」は自らをハッキングし、統制モジュールを外して自由を手に入れました。つまり、野良。とはいえ、統制下にないことが知られてしまうと、再び統制モジュールを入れられるか、もしくは最悪、廃棄。
 表向きはまだ統制下にあるように振る舞いながら、不承不承任務をこなしていきます。
 この「弊機」のぼやきが最高。
「弊機」の趣味は引きこもって連続ドラマ『サンクチュアリームーンの盛衰』を見ること。なのに、無能で適当でいい加減で無礼で行き当たりばったりででたらめで向こう見ずですぐ死ぬ人間のお守りに奔走。ままならない身にブツブツ言いながらも、結局は人間を助けるために死地に飛び込んでしまう「弊機」が最高に可愛くて、健気なんです。
 きゅきゅっとハートをつかまれ、わたしのようにマダボファンになってしまった読者多数。

 一巻目『マーダーボット・ダイアリー』は、日本オリジナルで編んだ上下巻二冊組の中編集、「システムの危殆」「人工的なあり方」「暴走プロトコル」「出口戦略の無謀」の四本が収められています。
 二巻目『ネットワーク・エフェクト』は長編、惑星調査任務に赴いた「弊機」の奮闘が描かれます。詳しくは冒頭のあらすじを読んでもらうとして、さすが謎もトラブルもスケールも長編ならでは。「弊機」も運用信頼性が何度も急低下するなど、しばしばピンチに陥ります。ようやく一段落して、静かな日常を迎えられると思いきや、続編となる本作では新たな謎が発覚して……。
 第三巻『逃亡テレメトリー』は二巻目の前日譚。表題作は謎の死体を巡るミステリ仕立て。「弊機」は見事探偵役を務められるのか。併録された二本のスピンオフ短編「義務」「ホーム――それは居住施設、有効範囲、生態的地位、あるいは陣地」のうち、後者はシリーズで唯一、一巻目で出会った弊機の良き理解者メンサー博士の視点で描かれています。

 さて本作。
 物語は第二巻『ネットワーク・エフェクト』の続編。「弊機」たちはまだ植民惑星で異星種族の遺物がもたらした汚染の後始末中。気を許せる状況ではないところへ、さらに暴走した農業ボットに襲われる。そこへ現れたのが、前回も鍵を握っていたバリッシュエストランザ社の警備ユニットと偵察チーム。さらに北極のテラフォームエンジン付近に連絡の取れないコロニー拠点があることが明かされ――『ネットワーク・エフェクト』に続き、なかなかのホラー風味です。
『ネットワーク・エフェクト』そして今作のテーマの一つが、企業倫理が個人の命や選択より優先される、この社会の闇。今回もあの手この手で出し抜こうとするBE社を相手に、不利な状況からどう大逆転するのか。ここらへんの〝ドラマの見せ方〟 が最大の読みどころ。
「弊機」の悩みはもう一つ。人間ならフラッシュバックやトラウマとでも呼ぶべき、謎のシャットダウン。自分自身と向き合い、負けたくない、と自身を奮い立たせるシーンは、「弊機」の成長を見るようでちょっとうるっとしてしまいました。
 身体的心理的試練に、さまざまな人間たちとの関わり、「弊機」自身の決断が状況を大きく左右する局面、それらを通じて「弊機」自身も気づかなかった自分の一面を発見していきます。なんかもう末っ子の成長を見守る長子みたいな気持ちで読みました。立派に育ったねぇ(泣)。
 マーサ・ウェルズはSFのニュースレターサイトTransfer Orbitの二〇二一年のインタビュー(https://transfer-orbit.ghost.io/murderbot-martha-wells-network-effect-fugitive-telemetry-interview/)で次のように語っています。
「これはとても個人的なことですが私自身は、ユーモアがあり、ミスを繰り返しながらも善いことをしようとしたり、誰も傷つけずに切り抜けようとするキャラクターに一番惹かれます。
 みんな、いつも成功するタフなヒーローを理想とすべきだと思っているかもしれない。だけど実際にはもっと人間味があって、自分自身にも共通するような弱さを持つキャラクターに、より深く共鳴するのではないでしょうか。」(筆者訳)
 強いけれど弱くて、後ろ向きだけど頑張る時は頑張る、なんやかや言いながら人間を嫌いになれないこじらせ「弊機」、最高です。

 マーサ・ウェルズは一九九三年にデビューしたアメリカの作家。ヤングアダルトや本格ファンタジーの書き手でもあり、その分野でも数多くの素晴らしい作品を発表しています(いつか翻訳されるといいな)。
《マーダーボット・ダイアリー》シリーズは中編長編を問わず、ヒューゴー賞、ネビュラ賞、ローカス賞の常連。二〇二一年にはヒューゴー賞シリーズ部門、そして日本翻訳大賞も受賞しています。本作もまた、二〇二四年のローカス賞を受賞。この絢爛たる戦績を受けてか、第三巻『逃亡テレメトリー』以降は、ヒューゴー賞、ネビュラ賞のノミネートを「新しい書き手にチャンスを譲りたい」と辞退。
 かっこいい!

 さてここでニュース1。
 Tor.comパブリッシングは二〇二一年に三冊の《マーダーボット・ダイアリー》シリーズを含む、計六冊の契約をマーサ・ウェルズと結んでいて、本作はその一冊目。まだまだ「弊機」のぼやきは終わらない。
 ニュース2。
 AppleTV+でドラマ化!
 ハリウッドのストライキで製作がしばらく止まっていたけれど、無事再開。
「弊機」役はアレクサンダー・スカルスガルド。紛う方ないイケメン(しかも身長一九四センチとな!)。日本版の装画の安倍𠮷俊さん描かれる、男性にも女性にも見える絶妙な「弊機」とはまた違った魅力を見せてくれそう。
 まだ詳しい放送日は解禁されていないけれど、動いて喋る「弊機」がとても楽しみ!
 新作にドラマに、これからも「弊機」の活躍は続く。マダボファンの皆様、一緒に首を長くして待ちましょう!


本稿は2024年10月10日刊行の『システム・クラッシュ マーダーボット・ダイアリー』巻末解説を転載したものです。


■池澤春菜(いけざわ・はるな)
ギリシャ生まれ。声優、歌手、エッセイスト。声優として『ケロロ軍曹』『とっとこハム太郎』など数多くの作品に出演。また「本の雑誌」「SFマガジン」「ロボコンマガジン」に連載を持つなど、文筆家としても活躍中。本を年間300冊以上読破する活字中毒者でもある。日本SF作家クラブ会員。父は作家・池澤夏樹、祖父は作家・福永武彦。

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