松樹凛『射手座の香る夏』、中村融編『星、はるか遠く』、立原透耶編『宇宙の果ての本屋』、東京創元社編集部編『創元SF文庫総解説』…紙魚の手帖vol.15(2024年2月号)書評 渡邊利道[SF]その2
【編集部から:この記事は東京創元社の文芸誌〈紙魚の手帖〉vol.15(2024年2月号)掲載の記事を転載したものです】
松樹凜『射手座の香る夏』(創元日本SF叢書 一九〇〇円+税)は、第十二回創元SF短編賞受賞作を表題とする短編集。表題作は、人工身体に意識を転送する技術を用いた地熱発電所での作業中に起こった肉体消失事件を捜査する警察官と、動物に意識を転送して遊ぶ若者たちが、伝説の狼と発電所建設に反対した女性を巡って因縁の綾に絡めとられていく哀切な作品。そのほか、十五歳で自分が生まれなかった歴史を選択できる世界を描く「十五までは神のうち」、精神を病んだAIの療養所の物語「さよなら、スチールヘッド」、移民排斥運動が渦巻くイタリアの小さな島で、九つの影を連れて歩く青年と夏休み中の少女が出会う「影たちのいたところ」など、全四編を収録。どれも身体(脳)を離れても意識や記憶が存在するというスピリチュアルな感触がある作品だが、登場人物たちの癒されない深い喪失感や居場所のなさに驚いてしまう。
フレッド・セイバーヘーゲン、キース・ローマー他『星、はるか遠く 宇宙探査SF傑作選』(中村融編 創元SF文庫 一二〇〇円+税)は、人類がはるか宇宙に進出して出会った奇妙な事件や世界を描いた一九五〇~七〇年代の埋もれた傑作で編まれた日本オリジナルの翻訳アンソロジー。高度な機械文明を遺して二百万年前に滅びた生物の謎を解く「タズー惑星の地下鉄」(コリン・キャップ/中村融訳)、砂漠の砦に赴任した軍人が見えない異星人の気配と戦う前衛的な幻想文学を思わせる「鉄壁の砦」(マーガレット・セント・クレア/安野玲訳)、水の惑星で難破した宇宙船が、環境に適応できるように自らの遺伝子を変異させた子孫を残し、その子孫たちがふたたび宇宙を目指すまでを描いた壮大な中編「表面張力」(ジェイムズ・ブリッシュ/中村融訳)など、本邦初訳二編新訳五編を含む九編を収録。
『宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選』(立原透耶編 新紀元社 二五〇〇円+税)は、同編者によるアンソロジー第二弾。ロボットの禅宗ブームの厳しい顚末を問答、寓話、詩を交えて記す哲学SF「仏性」(韓松/上原かおり訳)、ビジネスマンが遺産相続で継承したナノ技術で水星に作り出した新しい生命の世界をポリフォニックに描いた壮大な物語「水星播種」( 王晋康/浅田雅美訳)、他人の脳波を模倣して知識を得る新技術を用いて自らの能力を高めようとする貧困層出身の少女の過酷な運命「人生を盗んだ少女」(昼温/阿井幸作訳)など、本邦初紹介作家の作品二編を含む全十五編を収録。テクノロジーの導入に積極的な中国の伝統的な合理主義と、人間の感情に敏感な現代的な倫理意識が鬩せめぎ合うエッジの効いた傑作揃いの一冊だ。
東京創元社編集部編『創元SF文庫総解説』(東京創元社 二二〇〇円+税)は、一九六三年創刊から約八百冊の書誌とレビュー、口絵には全冊の表紙カラー画像が並び、加えて草創期秘話や装丁をめぐる対談、概説と文庫以外の東京創元社のSF作品をめぐるエッセイを収録する。思い出を辿ってもいいしガイドブックにしてもいい、サンリオ、ハヤカワに続くSFファン待望の一冊。
■渡邊利道(わたなべ・としみち)
作家・評論家。1969年生まれ。文庫解説や書評を多数執筆。2011年「独身者たちの宴 上田早夕里『華竜の宮』論」が第7回日本SF評論賞優秀賞を、12年「エヌ氏」で第3回創元SF短編賞飛浩隆賞を受賞。