【創立70周年記念企画】エッセイ「わたしと東京創元社」その5:有栖川有栖、加納朋子
東京創元社では創立70周年を記念し、文芸誌『紙魚の手帖』にて豪華執筆陣による特別エッセイ「わたしと東京創元社」を掲載しています。
第6回は、『紙魚の手帖』vol.17(2024年6月号)に掲載されたエッセイ(その1)をご紹介いたします。
有栖川有栖 Alice Arisugawa
創元推理文庫の表紙をめくると、タイトルの下にやや長めの内容紹介がある。現在は裏表紙にも別の文章であらすじが紹介されているが、昔はなかったから、中学生の頃は最初のページをじっくり読んで「今日はどれを買おうか」と長考した。
当然ながらどれも面白そうに書いてある。ヴァン・ダインの『僧正殺人事件』には「本書を読まずして推理小説を語ることはできない」とあり、「ここまで煽るのはずるい」と思った。江戸川乱歩の熱い評を引用したフィルポッツの『赤毛のレドメイン家』も印象深い。次々に読むだけでミステリの世界を逍遙する気分になれた。
その二十年後。幸せにも自作が創元推理文庫に収録されるようになってから気づいた。あのページは余白が狭くて、為書きを入れたサインが書きにくい。とても窮屈なのだ。
でも、内容紹介はなくさないでほしい。この先も、ずっとずっと。
加納朋子 Tomoko Kanou
東京創元社の元社長であり、当時編集長だった戸川安宣氏と初めてお会いしたのは、一九九二年のことでした。第三回鮎川哲也賞に応募して、やり切った感いっぱいで満足し、すっかり忘れていた頃にお電話をいただいたのです。なんと最終選考に残ったよというお知らせでした。当時都心部に勤めていたので、仕事帰りにお会いすることとなりました。緊張しきりの私に、戸川さんが開口一番、「背が高いですね」とおっしゃったことをよく覚えています。
それからあれよあれよといううちに受賞作を本にしていただき、ほのかな夢が叶ったことで胸がいっぱいで、その先については丸っきり、何も考えていませんでした。
まさかその三十数年後、このような場で思い出を語らせていただけるとは! あんなに頼りない新人作家だった私が、未だに細々と続けていられるのも、東京創元社さんのおかげです。心よりの感謝を込めて、七十周年のお祝いを申し上げます!
本記事は『紙魚の手帖』vol.17(2024年6月号)に掲載された記事「わたしと東京創元社」の一部を転載したものです。