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角田光代『方舟を燃やす』、宮島未奈『成瀬は信じた道をいく』、逢崎遊『正しき地図の裏側より』…紙魚の手帖vol.16(2024年4月号)書評 瀧井朝世[文芸全般]その2

【編集部から:この記事は東京創元社の文芸誌〈紙魚の手帖〉vol.16(2024年4月号)掲載の記事を転載したものです】


 角田かくた光代みつよ 方舟はこぶねを燃やす』(新潮社 一八〇〇円+税)は、一九六七年から二〇二二年に至るまでの、二人の人物の人生を追っていく長篇だ。

 主人公のひとりは、一九六七年に鳥取の鉱山のある町に生まれた飛馬ひうま。父親の話によると、祖父は地震を予知して人々に避難を呼びかけるさなか、土石流に吞まれて命を落とし、助かった人々からたたえられていたという。「祖父の立派な行動に恥じることのない男になれ」という父の言葉は、飛馬の心の片隅に刻まれている。やがて東京で就職した飛馬は、子ども食堂の運営に携わるようになり、SNSで発信を始めるのだが……。

 もうひとりの主人公は、東京で育ち、一九七五年に結婚すると同時に専業主婦となった不三子ふみこ。妊娠した彼女は区民センターの料理教室に通い、講師が提唱する自然療法や食事法の教えに傾倒していく。

 年齢も住む場所も異なる二人だが、オカルトや育児法など、本当かどうかわからないものに影響されているところが共通している。誰かを助けたい、何かをよりよくしたい、という思いから、じっくり検証する過程を飛ばして何かを信じこんでしまう危うさが浮かび上がってくる。そんな自分に気づいていく二人の姿が丁寧に描かれる。実際に根拠不明の噂やデマが飛び交う世の中で、これは他人事ひとごとではない。

 昨年刊行のデビュー連作短篇集成瀬なるせは天下を取りにいく』が大ヒットした宮島みやじま未奈みな。第二作となる『成瀬は信じた道をいく』(新潮社 一六〇〇円+税)はその続篇だ。

 滋賀県大津おおつ市に住み、これと決めたことは徹底的に極めようとするマイペースな成瀬あかりが主人公。ただし彼女自身が語り手になることはなく、彼女となにかしらの接点を持った人物が語り手となる連作集である。

 前作で高校生の成瀬は幼馴染みの島崎しまざきとゼゼカラというお笑いコンビを組むが、本作ではそのゼゼカラファンの小学生や、大学受験を控えた娘を見守る成瀬の父親、成瀬のアルバイト先のスーパーにクレームをいれることがやめられない主婦、成瀬とともに観光大使を務めることになった女子大学生などが登場。そんな人々が、どこまでも我が道をいく成瀬に影響を受けていく様子がコミカルに描かれる。今作も相当痛快&爽快。前作で島崎との友情にキュンキュンしたが、彼女は大津を離れてしまったから出てこないかも……と思っていたら、大丈夫、彼女も再登場してくれる。読者のニーズをちゃんとわかってくれていて心憎い。

 逢崎あいざきゆう『正しき地図の裏側より』(集英社 一七〇〇円+税)は、第三十六回小説すばる新人賞を受賞した著者のデビュー作。後半で号泣させられた。

 定時制高校に通いながら無職の父親に代わり、アルバイトに明け暮れる耕一郎こういちろう。だが、父親は彼が密かにためていた金を浪費したうえ、信じられないほどひどいことを彼に告げる(これ、本当にひどい)。思わず父を殴り倒し雪の中に放置したまま、耕一郎は故郷を離れる。

 わずかな所持金で知らない町を放浪し、やがて困窮した彼がたどり着いたのは、ホームレスたちが集まる公園の片隅。空き缶を集めて換金し、段ボールハウスで暮らし始める耕一郎だったが、思わぬトラブルが生じる。

 生活の手段と寝泊まりする場所を変えながら、生き抜いていく耕一郎がなんともたくましい。その過程でさまざまな出会いがあるのだが、一人ひとりの人生背景が、どれも非当事者が想像しやすいステレオタイプなものではなく、妙にリアリティがあって胸に迫る。いろんな人生模様が詰まっているのだ。

 耕一郎は手先が器用で働き者。そんな彼が社会から切り離された感覚や将来が分からない不安を抱きながらも、働いて金を得る充実感を得、人とのつながりのなかで成長していく姿が力強く描かれて読み応えあり。


■瀧井朝世(たきい・あさよ)
フリーライター。1970年東京都出身。文藝春秋BOOKS「作家の書き出し」、WEB本の雑誌「作家の読書道」ほか、作家インタビューや書評などを担当。著書に『偏愛読書トライアングル』『あの人とあの本の話』『ほんのよもやま話 作家対談集』、編纂書に『運命の恋 恋愛小説傑作アンソロジー』がある。