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「怖い物語だよ」と言われたのに「大丈夫」と頑張ってシャルロッテ・リンクの『罪なくして』を読んだくらりが泣いた話
お友達のジャン=ジャック・ニャン吉に「怖い物語だよ」と言われたのに「大丈夫」と頑張ってシャルロッテ・リンクの新刊『罪なくして』(浅井晶子訳、創元推理文庫 12月25日発売)を読んだくらりが泣いた話。
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ジャン=ジャック・ニャン吉(以下J=J.N)「あれ? くらりくん、何やってるの? ひっぱらないでよ」
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くらり「だって、前にシャルロッテ・リンクが出た時(『失踪者』)、J=J.Nはいなくなって、捜すのが大変だったんだよ。やっと見つけたと思ったら、諸橋大漢和辞典の棚にハンモックを吊って『失踪者』に熱中してた。だから、シャルロッテ・リンクのケイト・リンヴィル・シリーズの三作目が出たから、またいなくなっちゃうといやだから、つかまえていようと思って……」
*【失踪者 ジャン=ジャック・ニャン吉3】
— 東京創元社 (@tokyosogensha) February 17, 2017
くらり「よかった! いなくなったのかと思ったニャ」
ジャン=ジャック・ニャン吉「変なハンモックだけど、この『失踪者』に夢中で気にならなかったよ。心配かけたね」
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J=J.N「そういうことか……。シャルロッテ・リンクには引き込まれるからね。じゃあ、くらりくんのそばで読むようにするよ」
くらり「ぼくも一緒に読んでもいいかニャ?」
J=J.N「いいけど、ものすごい悪人が出てくるから、くらりくんにはちょっと怖いかもしれないよ。編集者から前もって聞いたんだけど、すごい話なんだ……」
くらり「J=J.Nと一緒にいれば、大丈夫だニャ。編集者の人は何て言ってたのかニャ?」
J=J.N「本当は優秀なのに自信のない、自己肯定感ゼロのケイト巡査部長が、ロンドンを離れ、唯一彼女を認めてくれているケイレブ警部のいるヨークシャーのスカボロー署に移籍する決心をしたんだ」
くらり「あのアルコール漬けの警部だニャ?」
J=J.N「そうなんだ。よく知ってるね。そうしたら、その引越し直前に、ケイトは列車の中で、一人の女性が男に銃で狙われ逃げまどうのを見て、助けることになる。狙われた女性は、その男をまったく知らないと言うんだ。でも何か隠している気配もある……」
くらり「その事件を解決することになるんだニャ?」
J=J.N「そうなんだけど、そんな簡単なものじゃないんだ。そのすぐ後、ある女性教師がサイクリング中に転倒させられ、その後、はずれたとはいえ、銃撃されるという事件が起きるんだ。幸い銃弾は外れたんだけど、転倒したことで四肢麻痺になってしまい、しかも口もきけない状態に……。そして、驚いたことに、その時に発見された銃弾は、列車で使われたのと同じ銃から発射されたものだったんだ」
くらり「じゃあ、犯人は同じだニャ」
J=J.N「そうかもしれないけど、いったいこの二人の女性はなぜ狙われたのか……? 二人にはまったく接点がないんだ」
くらり「無差別殺人じゃないのかニャ?」(創元推理文庫を出している会社の猫らしく、ミステリっぽい単語を知ってる!)
J=J.N「ケイトは、列車で助けた女性の過去がどうにも気になって調べ始めると……どちらの事件もそれぞれ過去の事件が関わっているらしいんだ。とくにケイトが助けた女性にまつわる過去の事件というのがなんとも悲しい、恐ろしい事件なんだ……涙なくしては語れないよ。ひどいんだ……シャルロッテ・リンクって、人間ドラマを描く力量がはんぱではなくて、しかも作品のミステリとしての完成度は完璧なんだ! ドイツの書評で『本書には読者がミステリに求める要素がすべて揃っている』というのがあったけど、ぼくもそう思う」
くらり「ふーーん。すごそうだニャ」
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――というわけで、ふたりは仲良く『罪なくして』を夢中で読み通し、悲しい物語だし、犯人もものすごく怖いし……とくらりは泣き、J=J.Nも半泣きで「だから怖い話だよって言ったじゃないか」と言いながら、くらりをなだめ、ふたり揃って、シャルロッテ・リンクって恐るべき作家だ……とため息をつくのでした。
このすごさを皆さんに知っていただきたい、とふたりは涙ながらに申しております。
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『罪なくして』(上下)シャルロッテ・リンク/浅井晶子訳(創元推理文庫)
スコットランド・ヤードを辞め、ヨークシャーのスカボロー署へ移籍する直前の旅の列車内で、ケイトはある男に銃撃された女性を助けることになる。彼女は銃撃犯とはまったく面識がないと言う。そして、使われた銃が二日後、別の事件でも使用されたことが判明。そちらの被害女性は四肢麻痺となり口もきけない状態だ。しかし両事件の被害者には何の接点もない。犯人は何者なのか?
■シャルロッテ・リンク(Charlotte Link)
1963年ドイツのフランクフルト生まれ。大学進学前、19歳で歴史小説家としてデビュー。大学では法学を学ぶ。1999年刊行の『姉妹の家』で初めて「シュピーゲル」誌のベストセラー・リストに。以後、今日までベストセラーを連発し、国民的作家として活躍を続けている。
■浅井晶子(あさい・しょうこ)
1973年大阪府生まれ。京都大学大学院博士課程単位認定退学。訳書にJ・W・タシュラー『誕生日パーティー』、J・エルペンベック『行く、行った、行ってしまった』、C・リンク『失踪者』等多数あり。2021年度日本翻訳家協会翻訳特別賞受賞。