路上生活-1
店に入り、階段を登った先の正面の壁の席。
テーブルに突っ伏している人影が見える。
首が90度に折れ曲がっているので、頭のつむじがこちらに向かって見えている。壁から人間の形をした何かが飛び出てきているような。
オブジェなのかと錯覚するような。
、、、この人に間違いない。
空いてはいるが、店内には何人かの客がいる。
60代であろう白髪の男性。
30~40代の女性。
背中に感じる視線。
階段から真っ直ぐに壁の方に向かっていく私を目で追っている。
テーブルの上には、食べ終わった包みみ紙とコーヒーカップ。
皮膚を掻いているのであろう、粉になって落ちた皮膚が目に留まった。
寝ているのか起きているのか判断がつかないので。
小さな声で「なおみさん(仮)」と2~3回声をかけた。
すると、ぱっと身体を起こして90度に折れ曲がった首が真っ直ぐになった。
どこにいるのかただただ空間をさまよっている中。
遠くから聞こえてくる自分の名前。
声がどんどん大きく響いて、現実の空間に引き戻される。
深い瞑想の中から覚める時。
ノックアウトを喰らって脳震盪を起こして戻ってくる時。
おそらく脳が酸欠状態で危うく死にかけそうになった時。
映画トレインスポッティングの中で主人公がトリップして、正気に引き戻される時のような。
などなど、色々と状況はあるけれど。
なおみさんの身体を起こす瞬間は、遠いところから急に引き戻されたように見えた。
はいっ、はい〜。
「おやすみのところお邪魔してすみません」
かくかくしかじか。
なぜ私がここへきて声をかけたかを簡単に伝えた。
家で用意してきたポチ袋。
少しのお金と銭湯のチケット。なおみさんへの手紙を入れてきた。
え?
状況をつかめないでいるなおみさんに
「少しだけどよかったら使ってください」とだけ言って、そのまま登ってきた階段の方へ歩いた。
周りの人たちは、何事か?といったような顔で私を見ていた。
階段を降りる前に振り返ると。
なおみさんが立って笑顔で私に向かって手を振っている。
「ありがとう〜」
私も彼女へ向かって手を振りかえす。
前々日に流れてきたYoutube動画。
ホームレスの人にインタビューをしているチャンネル。
家が近かったこと。
対象者が女性であったことで、つい動画を追ってしまった。
その後に出てきた類似の動画がなんとも酷いものであった。
自己満足で、人の気持ちを感じ取ることができない人。
仕事をしながらYoutube動画チャンネルを運営している作者。
インタビュー中にすごく困った顔を浮かべている、心を閉ざしたなおみさんに気づいていないのか?
「何か欲しいですか?買ってきますよ」
すべての申し出を断っているなおみさん。
明らかに早く帰って欲しいという雰囲気。
気づかないのかな〜?
づけづけと失礼で自分本位な質問を投げつける。
どう見ても便乗。
そもそも相手に対する敬意が見て取れない。
言葉の選び方から見下しているような雑なものいい。
オリジナルの動画の再生回数が多いから、良いトピックだと思ったのか?
あまりにも不愉快だから再生回数に貢献しないように途中で動画を止めたけど、、、どんなものなのか確認しようと思い直して最後まで確認した。
コメント欄は、私と同じ思いを抱いた人たちが沢山のコメントを残していた。
それでも2万回くらい再生されていたのが腹立しい。
沢山の人が動画を見て彼女を訪ねている様子。
ほとんどの人は、少しでも助けになればと良い心で差し入れをしたり、声をかけているようなのだけど。
中には便乗動画の作者のように自分本位で心ない人。
他人の大変な生活をネタにして、無断で世界中に公開しお金を稼ごうとする。資本主義システムのすごく悪いところ丸出しのさもしい、人の形をした何かも現れる。
なおみさんの気持ちを考えると。
優しい人に出会えて嬉しいという気持ちと。
すごく嫌な気持ちにさせられ傷つくこと。
路上に暮らしていて行き場がないので、逃げることができない。
縄張り争いで追い出されて、やっと見つけた寝床。
朝になったらお店が開くので、どこかへ移動しなくてはいけない。
一日時間を潰して、やっと落ち着いたところに招かざる客。
女性なので力では男性には敵わないので、嫌でもなんとかやり過ごすしか方法が見つからない。
暑い暑い夏が終われば。
急に冷たい雨。
これからは、厳しい冬が待っている。
ほんの少しだけでも温かい気持ちを届けられたらと。