椋鳩十『不思議なビン』
この連載では、1980年代に話題になり、今は書店で手に入りにくくなっている作品を紹介していきます。
作者の椋鳩十は、『大造じいさんとガン』や『マヤの一生』などでよく知られている日本の動物児童文学の第一人者です。1987年に82歳で亡くなるまで、たくさんの作品を残すとともに、1960年代には「母と子の20分間読書」を提唱して全国に広めた読書推進運動の功労者でもあります。
この本は、あまり知られていない作品を戦前戦後から二編ずつ選んだ短編集。表題作の「不思議なビン」は、なんと1929年、椋が24歳の時に「綴方生活」という雑誌に掲載された、初めて子ども向けに書いた作品です。
主人公の少年が、いま船が着いたばかりの波止場に行くと、外国人や水兵たちがたくさんそばを通り過ぎていきます。そんな中、一人のおじいさんが、材木に腰をかけて小指ほどの小さなビンの中を一生懸命のぞいています。少年がおじいさんの隣に行くと、おじいさんは「じゃあ、もうぼつぼつ帰るかな。」とひとりごとを言って、材木の陰の、人には見えないところにビンを置き、その中に吸い込まれるように消えていったのです。
少年はそのビンをポケットに入れて持ち帰り、夜になってビンをのぞいてみますが、何も見えません。翌朝、気になったのでそのビンを持って材木置き場に行くと、泣きながらビンを探している子どもに出会います。少年がビンを見せると、子どもは身軽に飛び上がって、そのビンの中に消えていきます。
不思議なビンを自分のものにした少年は、ビンの中へ誘われますが、そこはキラキラと輝く氷の世界。あまりの寒さで「ハクショーン!」と大きなくしゃみをすると、少年はビンから飛び出します。ビンの中がどうなっているのか知りたくなって、少年が槌でビンを叩き割ると、ガラスのかけらが四方に飛び散っただけ。椋文学の原点ともいえる90年以上も前に書かれたメルヘン的な短編ですが、物語性が豊かで読ませます。
「ネコものがたり」は、戦時下の1943年、初めての子ども向け短編集に書いた作品です。生まれて間もなく拾われた子ネコと小学2年生の少年の心の通い合いが、父親の目から細やかに描かれます。恐水病(狂犬病)にかかっても、抱きしめる少年を噛むこともせず自ら姿を消すネコ。言葉で気持ちを伝え合えない動物と人間との交情が心を打ちます。
「はねのある友だち」では庭の木に巣を作ったコサメビタキが卵を産み、5羽のひなが親鳥に守られながら巣立つまでのドラマチックな日々が兄弟の喜怒哀楽を交え描かれます。「ツル帰る」は、鹿児島県出水郡の沼や水田に毎年100羽近く飛来するマナヅルの子が怪我をしたのを子どもたちが助け、群れとともに送り出すまでを、子どもたちの気持ちに寄り添いながら語ります。どちらも野鳥を素材にして戦後に書かれた童話ですが、生きものの生態を丁寧に映し出していて、今日の環境問題をも照らし出す先駆的な作品としても読めるところがさすがです。
『不思議なビン』
椋鳩十 作
二俣英五郎 絵
初版 1989年
新学社 刊
文:野上暁(のがみ あきら)
1943年生まれ。児童文学研究家。東京純心大学現代文化学部こども文化学科客員教授。日本ペンクラブ常務理事。著書に『子ども文化の現代史〜遊び・メディア・サブカルチャーの奔流』(大月書店)、『小学館の学年誌と児童書』(論創社)などがある。
(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2024年5月/6月号より)