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【特別レポート】岡根谷 実里さん アレクサンドラ・ミジェリンスカ&ダニエル・ミジェリンスキをたずねて

『世界の国からいただきます!』で日本語版監修を担当された岡根谷実里おかねやみさとさんが、著者のふたりを訪問。レポートを寄せてくださいました。

 「この本を書いた人に会いたいな」

 大好きな絵本に出会ったとき、気に入った物語を読み返しているとき、そんな夢を抱いたことはありませんか。わたしは『世界の国からいただきます!』に携わって以来、いつかこの著者に会いたいと思うようになりました。だって、絵本からあふれでてくる世界の食への情熱がすごいんです。絵本なのに、まるで図鑑のように知識が詰まっていて、ページをめくるたびにさまざまな国々の食べものの物語に出会える本。翻訳監修者としてのわたしの仕事は、原作が日本語で正しく表現できているか確認し、表現を調整していくことだったのですが、その役割を忘れて、はじめて知る食べものの話に興奮しっぱなしでした。だからいつか、この本の著者に会いたいと思っていました。

 その夢が叶ったのが、2023年の終わり、真冬のこと。わたし自身の活動である「台所探検」でポーランドを訪れることになり、その際に会えることになったのです。それも、「よかったら一緒にピエロギを作らない?」といううれしい提案まで。

 ピエロギというのは、ポーランドの代表的な料理で、餃子のように皮に具材を包んで作ります。『世界の〜』のポーランドのページで紹介されていたのが、まさにこのピエロギ。大好きな本を書いた人たちと、本の中の料理を一緒に作れるなんて! 夢のような話にうきうきして、真冬のポーランドに向かったのでした。

 教えてもらった住所を頼りに家を訪れると、ダニエルとアレクサンドラ夫妻、それからこの本のレシピや料理の専門知識を担当したナタリア・バラノフスカ、外国語版のデザインにも携わったアシスタントのゾーシャ・フランコウスカが台所に立って、材料の支度をしているところでした。

 「ようこそ! 外は寒かったでしょ。フライトはどうだった?」初めて会うのにとてもフレンドリーな方々で、友だちと餃子パーティーをするような雰囲気でピエロギ包みが始まりました。

 指揮をとるのはナタリア。ダニエルとアレクサンドラの長年の友人で、料理の仕事をしており、パンの受注販売もしているそうです。ダニエルとアレクサンドラが、この本を作ると決めたときに一緒にやろうと声をかけたのだそうです。「ぼくたちも料理は大好きだけれど、ナタリアは専門家だからね。彼女の知識でよりよいものになると確信していたんだ」とダニエル。

 小さく丸めた生地を麺棒でのばして薄い皮を作るナタリア。そこにゆでたそばの実と白いほろほろのチーズをまぜたものを入れて包んでいきます。「ぼくはスプーン2杯分詰めるのが限界なんだけど、ナタリアはすごくたくさん入れられるんだ。4個食べればお腹いっぱいになるはずだよ」。ダニエルの言葉に、ナタリアの手元を見ると信じられないくらい具材を乗せて、それを皮を破ることもなくきれいに包みこんでしまうんです。彼女の手に乗ったピエロギは、手のひらサイズでまるでお饅頭。予想外の大きさです。ダニエルは好奇心の塊で、日本食や日本文化のことを次々と聞いてきます。アレクサンドラはもの静かで、その隣でにこにこして聞いています。ナタリアはダニエルに負けないくらいおしゃべり。とめどなくしゃべりながら、手は止めずに包んでいきます。

 ところで、ポーランドのピエロギといえば、じゃがいもとチーズやお肉のものがよく知られているのですが、本で紹介されていたのは「そばの実とカッテージチーズ(トゥファルク)のピエロギ」。聞いたことがなく、なんでこれにしたんだろうとずっと気になっていました。そこで尋ねてみると、ダニエルは待っていたと言わんばかりに説明してくれました。

 「ポーランドの食の歴史を語るには、このピエロギがはずせない。昔ポーランドは貧しくて、そばなどの雑穀をお粥にしたのを日々食べていた。そばはどこの家でも手に入ったから。それから、トゥファルクは牛乳を発酵させて作るチーズだけれど、冬がうんと寒くなるポーランドは、野菜や乳製品の発酵食品が豊富。そばのような雑穀も、トゥファルクのような発酵食品も、それぞれポーランドという国を語るのに欠かせない食材だから、本の中で紹介したかった。それで、この2つをまさに体感できる料理が、このそばとチーズのピエロギなんだ」というのです。実際、レストランのメニューにはのらないけれど、彼らのそれぞれの実家でも、よく作るのはこのピエロギなのだそうです。

 のっているレシピを作ってみることで、知らない国の暮らしがより深く理解でき、体験できる。そこまで深く考えて絵本を設計していたなんて…。「ポーランドだけじゃなく全部の国のページをそうやって進めたよ。それはもう大変なパズルで、意見の衝突もいっぱいあったけどね」とダニエルは笑います。

 包み終えたピエロギは100個近く。「ピエロギは一気にまとめて作って冷凍させておくものだから、少量では作らないんだよ」とナタリア。20〜30個ほどゆでて、茶色く炒めた玉ねぎとヨーグルトをのせて、いただきます。ゆでてまた一回り大きくなったピエロギは、なかなかの貫禄です。フォークで切って口に入れると、卯の花やポテトサラダを連想するやさしい食感。トゥファルクは豆腐に近いぽそっとしたチーズで、そばの実も控えめな味なのです。しかし炒め玉ねぎの深い甘みとヨーグルトの酸味が加わると、一気に豊かな味に。派手さはないけれど体を満たす確かな味に、4人が教えてくれたポーランドの食の風景を感じるようでした。

 驚いたのは、みんな日本の食文化にうんと詳しかったこと。日本が好きなんだそうです。ピエロギの後、わたしがお礼におにぎりと味噌汁を作ったのですが、持参した味噌を見てアレクサンドラが「うちにもあるよ」と冷蔵庫を開けて2種類も出してきて、舌を巻いてしまいました。ピエロギをお腹いっぱい食べた後なのに、おにぎりと味噌汁を喜んで食べてくれて、「食べるのも作るのも大好きなんだ」とにっこり。著者たちのゆるぎない食への情熱が詰まった『世界の国からいただきます!』、読者の「世界への扉」を開く一冊だと改めて確信しました。

『世界の国からいただきます!』

岡根谷 実里(おかねや・みさと)
「世界の台所探検家」。1989年、長野県生まれ。東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、クックパッド勤務を経て独立。世界各地の家庭で一緒に料理し、出張授業などで暮らしや社会の様子を発信。著書に『世界の台所探検』(青幻舎)、訳書に『世界の市場』(河出書房新社)がある。


(徳間書店児童書編集部「子どもの本だより」2024年11月/12月号より)

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