映画『メンフィス・ベル』から学ぶライフ・コーチング ~心から望むゴールですか?~
昨日NHK BSプレミアムで放送された映画『メンフィス・ベル』を観ました。
考えさせられました・・・「ゴール」について、そして「平和」について
おはようございます。
とこま(tokoma)です。
ライフ・コーチである僕、とこま(tokoma)視点での映画『メンフィス・ベル』からの気づきを書かせていただきます。
この映画からの僕の気づきは
それは自分が心から望むゴールですか?
ということです。
あらすじ
第2次世界大戦時、アメリカが生み出した“空飛ぶ要塞”B-17の1機メンフィス・ベルに乗り込んだ10人の若者を描いた戦争映画。
24回の白昼爆撃の任務を遂行していた唯一の爆撃機、メンフィス・ベル。故郷に帰るまであと残る最後の1回の飛行を前に、ほとんどが10代の若者の乗組員達は明日を胸にそれぞれの思いで前夜を過ごしていた。
そして翌朝、朝焼け雲をついてメンフィス・ベルと10人の若者は飛び立ってゆく・・・・・。
(「allcinema」より引用 https://www.allcinema.net/cinema/23409)
爆撃機内で乗組員の1人が重傷を負います。乗組員のなかにいる元医大学生が治療するのですが、機内では十分な治療ができません。
そこで、飛行機から敵国であるドイツ域内に落として、誰かに助けてもらうことの方が助かる見込みがある、との提案をします。
その後の結果については映画をご覧ください。
ここからこのシーンを観て感じたことを書きます。
一部ネタバレにもなりますので、気にされる方は次の段落を飛ばしてください。
そのシーンを見たときに頭に思い浮かんだのが、
それは自分が心から望むゴールですか?
ということです。
命を助けることがゴールではあるけれども・・・
無事に帰還すること、愛する人のところに無事帰還すること、仲間と一緒に帰還すること
それが、当人が心から望むゴールなのでは? と思いました。
もし、帰還して戦争の英雄として有名になること
がゴールだとしたら、それに反対することを排除するという判断になるでしょう。
ですが、
有名になることは、本当に自分が心から望んでいるゴールなのでしょうか?
他人に刷り込まれたゴールなのではないでしょうか?
ここまで緊迫した状況で判断することは日常生活ではあまりないかもしれません。
しかし、本当のゴール認識を誤ったがために、判断を誤ってしまうことは少なくないと思います。
絶対的に正しいとうことは、この世界にはありません。間違え、失敗は存在しない、ということを僕はコーチングで学んでいます。
ですので、その点を責めるつもりはまったくありません。
(繰り返しにはなりますが)ここで僕がいいたいことは
それは自分が心から望むゴールですか?
それは他人から与えられたゴールではありませんか?
心を落ち着けて考えてみましょう!
ということです。
これ以外にも、この映画を観て平和について考えさせられました。
爆撃をする側、爆撃を受ける側、どちらも幸せではなさそうです。
80年前の日本で同じようなことがあったんですよね。多く方々が犠牲になりました。
心より平和を望みます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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