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知識人も実はチンパンジー並みの知識しかないかも?:ファクトフルネス 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣(書評:歴史と投資の交差点)

今回はスウェーデンの医者でTEDでも人気のスピーカーだったハンス・ロスリングが勧める現代社会の見方、特に社会科学との接し方を取り上げたいと思います。

1. 分断本能を抑えるには…大半の人がどこにいるかを探そう
2. ネガティブ本能を抑えるには…悪いニュースの方が広まりやすいと覚えておこう
3. 直線本能を抑えるには…直線もいつかは曲がることを知ろう
4. 恐怖本能を抑えるには…リスクを計算しよう
5. 過大視本能を抑えるには…数字を比較しよう
6. パターン化本能を抑えるには…分類を疑おう
7. 宿命本能を抑えるには…ゆっくりとした変化でも変化していることを心に留めよう
8. 単純化本能を抑えるには…一つの知識が全てに応用できないことを覚えておこう
9. 犯人探し本能を抑えるには…誰かを責めても問題は解決しないと肝に銘じよう
10. 焦り本能を抑えるには…小さな一歩を重ねよう

上記が著者の言いたいことの要約です。人間には進化の過程でDNAに刻みつけられた各種の本能があり、この本能の癖を意識しないと現代社会を誤った方向から理解してしまうことになります。

このことは行動経済学の先駆者でノーベル経済学賞受賞のダニエル・カーネマンが名付けたシステム1とシステム2の思考様式と同義で、「ゆっくり」「基準率を意識しながら」ジャーナリスト等が拡散するニュースを解釈しつつ、またジャーナリスト自体も上記の本能から開放されない存在であること、分断本能/恐怖本能を刺激して記事への注目を集めることが経済的に期待されていること、従って中立なメディアなどは存在しないことを意識することが重要です。

ジャーナリストは人間の分断本能に訴えたがる。だから話を組み立てる際、対立する2人、2つの考え方、2つのグループを強調する。「世界には極度の貧困層もいれば億万長者もいる」という話は伝わりやすく、「世界の大半は少しずつだが良い暮らしをし始めている」という話は伝わりにくい。ドキュメンタリー制作者や映画監督も同じだ。弱い個人が悪徳大企業に立ち向かうさまはドキュメンタリー番組でよく描かれる。正義と悪との闘いは大ヒット映画でお決まりの構図だ。
ダボス会議の聴衆は世界で最も権力や影響力がある政治家や経営者、起業家、研究者、活動家、ジャーナリスト、国連の上層部を含む約1000人。用意した質問は、貧困・人口増・ワクチン接種率の3問。1問目の貧困率についての問題の正答率は一般人よりはるかに高い61%だった。さすが世界について語り合う為にやってきた選りすぐりだ。しかし人口増やワクチン接種率になると、またもや正答率はチンパンジー以下だった。いつでも最新のデータにアクセスでき、アドバイザーから逐次情報を得ている人たちでさえ、世界についての基本的な問題に答えられない。ということは知識のアップデート不足が原因ではない。

ダボス会議に出席しているような「意識高い系」であっても、上記本能から逃れられていません。

ワクチンは工場から子供の腕に届くまでずっと冷蔵されている必要がある。世界中の港に冷蔵コンテナで海上輸送されたワクチンは、そこから冷蔵トラックに載せられる。冷蔵トラックが各地の病院までワクチンを届け、それを病院で冷蔵庫に保管する。この物流方式がいわゆるクールチェーンだ。基本的な交通インフラ・電力・教育・医療が全て揃っていなければクールチェーンは成り立たない。新しい工場を建てるにも全く同じインフラが必要になる。実際には88%の子供が予防接種を受けているのに、大物投資家たちがわずか20%しか受けてないと思い込んでいたということは、彼らが莫大な投資機会を見逃してるということだ。プロとして失格と言われても仕方がない。

各種統計に通じていることが重要な一流投資家も同様に各種本能の罠にかかっています。

一つ反論させてもらうと、投資の場合にはいくらアジア・アフリカの経済成長ポテンシャルが高かろうが、現状の株価が既にその成長を過度に織り込んでいるとすればそこに投資することは賢明ではないので、そこは注意が必要です。

またアジア、特に東アジアが経済のテイクオフに成功したからと言って、アフリカがアジア同様の軌道を描いて成長するかどうかには、更なる吟味が必要かと思います。

↓の人気作家橘玲の著書では各国毎の平均IQの表が掲載されています。中国・日本・韓国の平均IQは、欧米諸国・東南アジアのそれを上回っているのに対して、アフリカ諸国の平均IQは欧米諸国のそれを下回っています。また米国における平均所得統計で、東アジア系の移民の平均所得は白人のそれを上回っていることが示されています。

東南アジアでは華僑が絶大な経済的影響力を保持しているのに、日本・韓国では何故華僑の影響力がそれほどではないのだろうか?という問いに対して、中国・日本・韓国の平均IQに大きな差がないからという仮説が提示されています。

今後の経済発展がIQでは計測されないアフリカ系に多く備わっている能力に左右されるということになれば、アフリカ諸国/企業の未来は明るい・バリュエーション次第で積極的に投資すべきだとなるでしょうし、今後もIQが大変重要であるならば、バリュエーションは辛めにみないといけないでしょう。

あるいは、平均IQでは東アジアに劣る欧米諸国が東アジア以上に先に繁栄していることから考えて、多少のIQの違いは関係ない、政治的紛争が解決しさえすれば何とかなると考えることも可能でしょう。

本書ではファクト(事実・統計)に基づかない政府決定や、そもそも統計を隠蔽したりする政府の例として以下を提示しています。

世界の平均寿命が1960年に少し落ち込んだのは何千万人もが中国で餓死したからだ。推定死者数は1500-4000万人以上と言われ、正確な数字は誰にもわからない。人工的な大飢饉としては人類史上最も多くの死者を出したと言われている。1960年の中国では凶作が続き、その上中央政府の的外れな政策が重なって、農作物の収穫量が大幅に落ち込んだ。地方政府はそれをごまかそうと、あるだけの食料をかき集めて中央政府に送ってしまった。地方には一切食べ物は残らなかった。翌年になると道路のあちこちに転がる死体の様子や人喰いの痕跡が中央政府に報告された。政府は計画経済の失敗を認めず、このことを36年間もひた隠しにした。当時の様子が英語で記され、諸外国の知るところとなったのは1996年になってからだった。
福島原発の近くに住んでいた人は避難したが、そのうちの1600人は避難後に亡くなった。死因は放射線被曝ではない。そもそも執筆時点で福島の原発事故による被曝で亡くなった人は1人も見つかっていない。避難後に亡くなった人の多くは高齢者で避難の影響で体調が悪化したり、ストレスが積み重なったりして死亡した。人々の命が奪われた原因は被爆ではなく被曝を恐れての避難だった。

朝日新聞等の各種メディアが放射能被爆の影響を過度に煽った(2. ネガティブ本能、4. 恐怖本能、5. 過大視本能、9. 犯人探し本能、10. 焦り本能を刺激)ことは、後世において冷静に分析・事後改善される必要があるでしょう。

全死亡者数の0.1%を占める自然災害、0.001%を占める飛行機事故、0.7パーセントを占める殺人、0%を占める放射線被曝 、0.05%を占めるテロ。どれも年間死亡者数の1%にすら届かないにも関わらず、メディアは大々的に取り上げる。

一方カーネマンが言う所の利用可能性バイアスも強力で、西側メディア漬けになっているとベトナム戦争の重要性について誤解してしまうことも解説されています。

中国とベトナムの戦争は休戦期間も含めると2000年以上続いた。フランスに占領されていたのは200年間。「対米抗戦」があったのはたったの20年間。記念碑の大きさは戦いの長さと完全に一致していた。今のベトナム人とって「対米抗戦=ベトナム戦争」は他の戦争に比べたらそれほど大ごとではなかったのかもしれない。記念碑の大きさを比べるまで私はそのことに気づけなかった。

著者自体はモザンビークでの国際貢献医療を行っている時、全ての物資が不足している中で、コスパ無視でど根性の最善を尽くすべきという思想・上記本能に支配された同僚との衝突を経験し、その結果、ライフワークとなるファクトに基づく・コスパも考慮した態度の普及推進活動を行っていくこととなりました。

「人の命がかかってる時に時間や労力の優先順位についてどうのこうの言うんじゃない。お前は何て無慈悲なやつなんだ」と思う人も多いだろう。しかし使える時間や労力は限られている。だからこそ頭を使わないといけない。そして限られた時間や労力でやれるだけのことをする。それができる人こそが最も慈悲深い人なのだと思う。
死のデータについて語るのは冷徹だと思われるかもしれない。「コストパフォーマンス」と「子供の命」という言葉を隣り合わせで使えば、血も涙もないと思われるかもしれない。だがよく考えてみてほしい。最もコストパフォーマンスが良いやり方でできるだけ多くの子供の命を救うことは果たして血も涙もないことなのだろうか。

統計に基づくコスパ計算で著者は以下の提言をしていて、教育無償化に傾く日本も今後箱物に頼った教育投資をすることの効果、より意味のある投資の仕方があるのではないか、を再考する必要が出てくるかもしれません。

レベル1やレベル2(1日0-8ドル(PPP))の医療環境を改善したいのであれば、いきなり立派な病院を建てる必要はない。そんなお金があったら真っ先に初等教育、看護師教育、予防接種を充実させるべきだ。
妊婦の命を救うには地元の病院への交通手段を整備することが一番だ。病院があっても妊婦がそこにたどり着かなければ、何の役にも立たない。救急車もなく救急車が通れる道路もなければ意味がない。それと同じでいい教育に必要なのは、教科書をたくさん与えることでも教師を増やすことでもない。学びに一番大きく影響するのは電気だ。電気があれば日が暮れた後に宿題ができる。

7. 宿命本能(ゆっくりとした変化は気づきづらい)・6. パターン化本能に関して、出身国のスウェーデンの例を引きながら、典型的なアジア人・宗教で括ることの無意味さ・民主主義への盲信への注意を促しています。

1950年代、セックスをめぐるスウェーデン人の価値観は極めて保守的だった。スウェーデンがレベル1(1日0-2ドル(PPP))から脱皮しつつあった時代に生まれた父方の祖父は、当時の典型的なスウェーデン人男性だった。大家族に誇りを持ち、7人の子供を養っていた。おむつを替えることもなければ、料理も掃除も絶対にやらなかった。もちろんセックスや避妊について話すなんてとんでもなかった。
今のスウェーデンでは皆が中絶の権利を支持している。女性の権利を守ることはスウェーデン文化の一部になった。私が学生だった1960年代は全く違っていた。そのことを今の学生に話すと驚かれる。当時のスウェーデンでは中絶は違法でかなり特殊な条件が揃わない限り許されなかった。大学生は目立たないように募金を集めて安全に中絶するため海外に出た。しかも向かったのは何とポーランドだった。そう言うと今の学生たちはみんな驚く。カトリックの国じゃないか。5年後ポーランドは中絶を禁止し、スウェーデンは中絶を合法化した。若い女性の向かう先が逆になった。何が言いたいかと言うと、昔からずっと今みたいじゃなかったってことだ。文化は変わる。
今でもアジアを旅すると祖父のような頑固親父に出会う。例えば韓国や日本では妻が夫の両親を世話するのが当たり前だし、子供の世話も一から十まで母親がするものとされている。そんな習慣を「アジア男児の流儀」だと言って堂々と自慢する男性もたくさんいる。私は数多くのアジア人女性とも話してきたが、女性達の感じ方は違っている。こんな文化が嫌で結婚したくないという人も多い。
ローマ教皇は世界中の10億人とも言われるカトリック信者の性行動に大きな影響を与えると思われている。しかし教皇達は数代に渡って避妊具の使用をはっきりと批判しているのに、カトリックが多数派の国では60%の人が避妊具を利用して、その他の国は58%。つまりカトリックであろうとなかろうとそれほど変わりはない。ローマ教皇は道徳面で世界最大の権威を持つ存在だが、子供を産むかどうかに影響を与えられないということだ。
急激な経済発展と社会的進歩を遂げた国のほとんどは民主主義ではない。韓国は産油国以外で世界のどの国よりも急速にレベル1からレベル3に進歩したが、ずっと軍の独裁政治が続いていた。2012年から2016年の間に経済が急拡大した10カ国のうち、9カ国は民主主義のレベルがかなり低い国だ。民主主義でなければ経済成長しないし、国民の健康も向上しないという説は現実とかけ離れている。民主主義を目指すのは構わない。だが他の様々な目標を達成するのに、民主主義が最も良い手段だとは言えない。

8. 単純化本能の項において、米国のGDPに占める医療費の割合が約17%と他の西側諸国対比でダントツにお金を使っているにも関わらず平均寿命は3歳ほど短いことを掲示して、

「ひとつのものの見方にとらわれてしまった、悲惨な例だ。市場が国家の全ての問題を解決できるという考え方も一見理にかなっているようで、実は全くおかしな話だ」

と自由市場万能の考え方に警鐘を鳴らしています。

この問題が難しいのは、確かに米国には国民皆保険制度のようなものはなく民間保険主導で構築されているのは事実ですが、自由市場を完全に突き詰めているわけではないということも考慮しなければいけないことです。

本来医療市場を自由化したというのなら、医師免許なんてものは無用の長物のハズで、各々の医療従事者・機関が実践を通して評判・実績をつみあげていけばいいにもかかわらず、米国といえども医師免許の廃止には至っていません。この中途半端な施策により、医師供給数が需要に届かず、診療費が高止まりしている=既得権益者である現役医師の食い物にされている=自由市場が歪められている、と捉えることもできます。

真に「自由主義国家」と言える為には、↓フリードマンの名著で掲げられる以下の項目も含めて政府の関与をなくしていかなければなりません。社会科学の分野は特にこういった複眼的な思考が重要となります。

●農産物の買取保証価格制度
●輸入関税または輸出制限
●農産物の作付面積制限や原油の生産割当てなどの産出規制
●家賃統制
●法定の最低賃金や価格上限
●細部にわたる産業規制
●連邦通信委員会によるラジオとテレビの規制
●現行の社会保障制度、とくに老齢・退職年金制度
●事業・職業免許制度
●いわゆる公営住宅および住宅建設を奨励するための補助金制度
●平時の徴兵制。「自由市場にふさわしいのは、志願兵を募って雇う方式である」
●国立公園
●営利目的での郵便事業の法的禁止
●公有公営の有料道路

以上、何点か留保を付けさせていただきましたが、「ファクトフルネス」は多様な統計・エピソード・チャートが満載の良書であるといえると思います。


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