雨傘と日傘
ショートショート作家、田丸雅智さんの作品『雨傘科』。先日、このショートショートをお題にした俳句コンテスト「ショートショート『雨傘科』を読んで一句」が開催されました。
作句にあたり、俳句を作るつもりが、派生的にショートショートが一遍出来てしまったので公開します。『雨傘科』の二次創作みたいなものですね。ぜひ、原作をご一読の上読んでやっていただければと思います。
「雨傘科」に入院することになった。医者は「全治三週間」と私に告げた。「大層な年代物で、骨の補強と布全体の張り替えを要する」のだそうだ。私は着の身着のまま、殺風景な病室に放り込まれた。
入院から一週間が経過し、そろそろ退屈を覚え始めた頃、屋敷から日傘が見舞いにやって来た。
奥様のお気に入りで、真っ白な麻地にたっぷりとレエスを纏った彼女は、提げてきた大げさな花束を花瓶に生けると、聞いてもいないのに、あれこれと屋敷のことをしゃべくった。
「……それでね、おかしいの。旦那様ったら、野良猫に本気で腹を立ててね、『探し出してつまみ出せ』なんておっしゃるものだから、女中も書生もみんな駆り出されて、もう屋敷中大騒ぎ……」
日傘は、上品に口元に手を当てて、ころころと笑った。
私は以前から、この日傘のことが苦手だった。ひどいお喋りで、およそ遠慮というものがなく、人のことにずけずけと口を挟んでくる。こちらが嫌な顔をしても、まったく堪えた様子がない。以前私が本気で怒った時も、その時こそしゅんとして見えたものの、翌朝にはすっかり元の調子に戻っていた。
「ねぇ、あなた、そんな顔はお止しなさいな」
日傘は言った。
「今に元気になるわ。そうしたら、きっと見違えるように綺麗になってよ」
そんなことがあるものか。私は部屋の鏡越しに、自分の顔を盗み見た。鏡には、青白く陰鬱な顔が映っている。隣の日傘の華やかな顔立ちと比べたら、月とスッポンもいいところだ。
「………別に、良くなったからって何の役に立つでもなし。屋敷に傘は山ほどあるんだし」
私が吐き捨てるように言うと、日傘は目を大きく見開いた。
「まぁ! そんなことないわ。ご覧なさいな、あなたのその立派な骨。大きくて、しっかりして、どんな雨風も凌げるわ。わたしみたいな日傘はただの飾り物だけど、あなたなら、ちゃんとご主人様を守って差し上げられるじゃないの。
それに、お嬢様がどうしてあなたを入院させたか、忘れてやしないでしょう? お嬢様にとって、あなたは亡くなった大旦那様の大切な形見。あなたのその飴色の取っ手には、お嬢様と大旦那様の思い出が染み込んでいるのだわ」
そう言われて、私は改めて、ここへ連れてこられた時のことを思い出した。
今年十七になるお嬢様に連れられて、私はこの雨傘科にやって来た。
『このまま捨てたくないんです。何とか、使えるようになりませんか』
そうおっしゃった、お嬢様の真剣なまなざし。奥様や旦那様から「そんな男物なんか使わなくても、いくらでも新しい傘を買ってやる」と言われても、頑として聞かなかった。私をぎゅっと握りしめた、その手の温もり。
「……やっぱり、あんたのこと、嫌いだよ」
私が呟くと、
「あら、そう?」
日傘はいつものように笑った。
私はこいつが嫌いだ。こいつがこんなに陽気でなかったら。こんな気の利いた言葉をかけてくれなかったら、もっと遠慮なく嫌いになれるのに。
「見て、兎さんよ」
日傘が剥いて、得意げに差し出した林檎を、私は仏頂面のまま頬張った。
痛みなど知りさうもなき日傘かな
俳句コンテストと結果発表はこちら。どの句も面白いですよ!