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可愛くない女

『女の子がやってはいけない一番悲しいことは、男性のために頭の悪いふりをすることです』

 あるハリウッド女優の有名な言葉だ。
 私は今まさに、その「一番悲しいこと」をやっている。目の前の、この男の子に。

「ハル君って、映画、詳しいんだね。私、そんなの全然知らなかったよ」
 サークルの飲み会で、私は彼に言った。
 ポイントは、相手の目をじっと見つめること。お店の間接照明が、潤んだ瞳を効果的に演出してくれる。
 ハル君は頬を赤らめた。たぶん、お酒のせいじゃない。
「いやそんな、大したことないよ。ネットで見たってだけだし……」
 そのとおり。彼が披露した映画の小ネタは全部、某有名考察サイトの受け売り。悪いけど、あそこの記事は全部チェック済みだ。
 でも、ハル君は知ったかぶりなんてしない。調子に乗って、頼んでもない講義を延々と続けたりもしない。そこが他の男の子と違う。
 この人なら。私は甘い夢を見る。

 いつもそうだ。中学、高校と、私が好きになった男の子はみんな、同じことを言った。
『イチカには、もっといい相手いるよ』
 これはまだいい方。
『お前、可愛くねえんだよ。そんなんだからダメなんだ。もっと男を立てろよな』
 そんな時代錯誤なことを言うやつもいた。

 要は男の子って、自分よりちょっと馬鹿な女の子が好きなんだ。
 毎日「すごいね」って褒めてもらって、自分は「お前ってほんとバカだなぁ」なんて言いながら、彼女の頭をポンポンして。
 「可愛い女」を上手に演じられる子だけが、男の子にちやほやしてもらえる。

 だから私は、男の子の前で本当の自分を出すのをやめた。みんなやってることだ。
 私が入った大学は、都内でも結構頭のいい子が行く所だったけど、入って数ヶ月で、モテる子とそうじゃない子ははっきり分かれた。私は「そうじゃない子」にはなりたくない。

 そんな時、ハル君に出会った。
 彼は、今まで出会ったどの男の子とも違っていた。とっても素直で、素朴なひと。彼になら、本当の私を見せてもいいんじゃないか。そう思った。

 それなのに、私は今日も「可愛い女」を演じている。自分の心にバリケードを築くように、小さな嘘を重ねていく。
 だって、怖いから。もし彼に「可愛くない」なんて言われたら、きっと私は耐えられない。

「……でもさ、イチカちゃんって、俺よりずっと、映画、詳しいでしょ?」
 ハル君の声に、私は一気に現実へと引き戻された。今、何て言った?
「イチカちゃん、あのシリーズ好きだっていうから、俺、いろいろ調べてたんだ。そしたら、SNSにすごく詳しい人がいてさ。びっくりしたよ。あれ、イチカちゃんでしょ?」
「……うそ、何で」
 図星だった。あの映画シリーズのために始めた趣味のアカウントは、私のマニアックな投稿で埋め尽くされている。まさか、見られていたなんて。頭がぐるぐるする。
 フリーズしてしまった私をよそに、ハル君は楽しげに話を続ける。
「あのアカウントのアイコン画像、イチカちゃんがバッグにつけてるストラップと同じだったから。それ、めちゃくちゃレアなやつなんだよね? それに、アップされてる画像に、うちの大学っぽいのがあったから、もしかして、って」
 ごめん、キモいよね。そう言って、ハル君は苦笑した。
「でも、イチカちゃんの投稿読んでたら、俺もあのシリーズ、ハマっちゃってさ。いろいろ教えて欲しいんだ。……あのさ、イチカちゃん。よかったら、今度一緒に、映画見に行かない? 来月、新作公開されるでしょ」

 夢かと思った。もう「可愛い女」を演じなくていいなんて。
 臆病な私が築いた、偽りのバリケード。ハル君はそれを、軽々と越えて来てしまった。
 彼の、ちょっとはにかんだ笑顔が眩しい。私は、頬と耳たぶが熱くなるのを感じた。
 それはたぶん、お酒のせいじゃない。


トップ画像出典∶pixabay

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