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源泉回顧録【下部温泉湯治① 往路トータス温泉へ】

 ※こちらの記事は2021年3月の日記を加筆修正したものです。


 遡ること約500年前。川中島の合戦後に武田信玄公が療養の地に選んだのは山梨県「下部温泉」だった。甲斐~信州に20カ所以上点在する「信玄の隠し湯」。上杉謙信の太刀で大傷を負った信玄は、何故隠し湯の中でも最南端、そして川中島から最も遠いこの地で湯治をしたのだろうか。

 井伏鱒二は神経痛、石原裕次郎は複雑骨折、彼らもわざわざ富士裾野の裏「下部温泉」を治療の地に選んでいる。その理由を今こそ問う。帰る頃には、その真意がきっと分かることだろうーーー


 入院から4か月、転院先の大学病院の主治医から勧められた温泉療法。
薬理療法がほぼ効かず、一度とにかくストレスから距離を置くことを指示された。2度襲った投薬地獄を乗り越え、現在も激痛は小康状態が続く。
 
 体調は万全ではないものの、旅に出ることを決めた。闘病生活の中で学んだのは、危険な時ほど家に籠らず、外に出ることが大切だということ。
ベッドの上で眠れない日々を過ごすと激痛は酷化し、やがてパニック状態に陥る。時計の針が3時を指す、これが午前なのか午後なのかすら一瞬分からなくなるのだ。

 今回5泊の湯治。いつにもまして大荷物。着替えやPC2台の他に、ストレッチポール、ヨガマットも同舟。
 今後も身体の様子を診ながらの勤務が続くことも想定しなければならない。特に持病の低白血球については基本的には治療策はないとされる。
 感染症リスクが高い身の上、恐らくコロナ騒動が収まっても尚、テレワークや非接触での顧客獲得は真剣に取り組まねばならい。
 身体の回復と共に、湯治期間中に新たな仕事のチャンスを見出そうとしていたのだ。
 
 
 山梨と聞いて連想するのは葡萄・桃・ワイン・田原俊彦・・・などなど。
「温泉」と答える人はさほど多くないのではなかろうか。県内で目立った温泉街と言えば石和温泉くらいか。だが山梨ほど広域にわたり、安定した良泉に入れるエリアは珍しい。
 
 北関東や東北は山間部、伊豆や大分などは沿岸部に源泉の湧出地は集中している。一方、山梨の市街地では驚くほど当たり前に、ホームセンターやマンション、コンビニと同顔で日帰り浴場が存在する。しかも、その多くが源泉かけ流しだ。
  
 
 湯巡りを始めて7年。何度も訪れた甲州国。この地を回る際には、もはや宿以外は完全無計画で発つ。勝沼ICから先はどこで降りても超一級品の源泉に辿り着くことができるのだ。
 11時過ぎ、特に行先を決めず甲府昭和出口を降りた。どこでも良い、山口・フカサワ・玉川・国母・・・。迷った末、ファーストダイブに選んだのは金の湯として知られる「トータス温泉」。

 ここは、国道20号(高架)と県道358号が交わるクロスする交差点。どこにでもある風景、何の変哲もないマンション(その名もトータスマンション)の裏手にそれはある。ナビでセットして辿り着いても、それが温泉、しかも植物性の油を含む黄褐色のモール泉だと誰が気付くであろう。
 

 大小2つの内湯と、露天が一つ。泉温は60度近く、加水はされているようだが元々の源泉がハイスペックなためパンチ力は十分だ。旅の始まりを祝うべく、全身を黄金のベールで包み込む。
 山梨では見慣れてしまった感があるが、当たり前のように源泉がオーバーフローし、排水口に流れていく。

 「嗚呼、さっき湧出したばかり源泉が、、」

 一瞬、この源泉が札束に見えることがある。

 私の住まいの近くには温泉街がない。車で走れば日帰り温泉もチラホラある程度。だがどこも源泉は細く、人口炭酸泉や薬草を加えた湯(それが悪いという訳ではない)に紛れ、ポツンと5人サイズ。常に芋の子を洗う状態で椅子取りゲームに。しかも、休日となると1,000円近く徴収される。

 底知れぬ山梨の源泉力、その一端を見た。 
 
 この施設は一帯では名の知れた「遊亀不動産」という有限会社が運営しており、不動産売買やマンション管理も手掛けている。本湯の他にも2湯保有しており、「遊亀の湯」、「新遊亀温泉」と名付けられている。
 どうやら陸亀(tortoise)が好きな経営者の趣味でその名前が付けられたようだ。関西出身の4人組バンドとは全く関係がないらしい。

 山梨にはその他、玉川温泉、草津温泉、伊香保温泉(廃業)も存在するが何れも本家(秋田と群馬)とは無関係だという。源泉が豊富だからこそ、このような遊び心あるネーミングが可能なのかもしれない。

 ここから南へ。身延線を舐めるように、下部温泉へ向かった。


                            令和3年3月頃

 
                            

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ヨシタカ
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