刺さった棘が抜けないままで

 麺類をすすれる人とすすれない人がいるよね、という話をした。わたしはすすれない方の人だ。話の中で、すすれなくても別に困らないよねということを言われた。

 そのときわたしは父親に言われたことを思い出していた。父親はよく人の食事の仕方に文句を言っていた。ラーメンやそばをすすらずに口に入れること、特に麺を噛み切ることを異常に嫌っていた。テレビの食レポでそうやって食べる人がいると必ず罵っていた。そしてわたしも、もちろん食べ方に細かく注文を付けられた。やれ熱いから麺を少しだけ取れ、きちんとすすりきれ、髪の毛が邪魔だ、と。こうした方が食べやすいよ、という感じではなくて、こんなことも気を遣える俺はすごいだろうとか、わたしに難癖をつけることそのものが目的のような、とにかく不機嫌で怖い言い方だった。

 麺といえばパスタの食べ方にも文句をつけていた。スプーンを使って食べるのは本来の食べ方ではない、巻き方はこうだと何かのテレビで見たのだろう知識を披露してはひとりで悦に入っていた。母親はスプーンを使ったりする人だったみたいだけれど、何回か文句を言われてやめていた。

 こんなふうに、家族でご飯を食べることはとにかく父親から怒られるということと同義だった。他にもいろんな地雷、そう、わたしにとっては心に傷が残る卑怯な兵器みたいなものがそこかしこに埋まっていた。この前怒られたことをやらないように気をつけると今度は別のことで怒られた。家族で食事をすることはほとんどなくなった。

 思い出してみると、父親はわたしの些細な言動に文句を言い、怒り、怒鳴った。だから、父親に怒られたことだけではなくて、自分の行動全てが間違っているんじゃないかと思ってしまう。それも無意識だった。麺をすするかどうかの話になって、やっとこれだけ文句を言われ続けるのはおかしい状況だったと気がついた。

 いま不安症とうつ病ということで療養している。人との接点がかなり減って、ストレスも減った。しかしそもそも人がいる場所がストレスなのは、周りの人は全員わたしの行動をおかしいと思っているのではないかと考えてしまうからだ。考える、というより幼い頃にそういう回路が出来上がっていて自動的に動き始めるのだ。そして父親がそうだったように、怒鳴って呆れて不機嫌になるのではないかと怯える。

 わたしの不安症は、いつ誰に怒られるか分からないぞ、という恐怖から生まれたものだと思う。それを意識している時もあれば無意識に感じているときもある。分かっていても考えを変えることが出来ない。考え方、というより感じ方に近くて、辛い食べ物が苦手な人がいるみたいに、変えるのがほとんど困難なもののように思えるのだ。

 でも、わたしの不安症や生きづらさの中に、繰り返し植え付けられた言動への批判があるのは分かった。他の人と感じ方が違っても、それが間違っているわけではないのだ。少しでも楽な方に変えたいと思うけれど、それは社会に適合するためではなくて、自分が楽に呼吸をするため。

 まずは、怖がったり不安がったりする自分を受け入れたい。だってずっとひとりで、理不尽な罵声に耐えていたんだもの。頑張っていた自分を抱きしめて、好きなようにしていいんだよって伝える。

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