Chain
僕はひとを信じようとしている。ちいさな安心をひとつずつ集めて。
そうしているうちに、案外ひとって優しいのだと気がついた。誰も怒鳴らない。ため息もつかない。ものに当たらない。ドアを強く閉めたり壁を殴ったりどついたりしてこない。それどころか心配され、助けてくれ、僕のことを応援してくれる。
世界がそんな場所だなんて知らなかった。暖かくて春の日みたいな優しい場所が、こんなに近くにあるなんて知らなかった。
でももちろん、そんな場所ばかりではない。それは僕がよく知っていることだ。僕の一挙手一投足が命取りになりかねない、そんな場所。僕はそんな世界で生きてきた。世界は僕の敵だった。
だから僕は怯えて、息を潜めて過ごす。そんな僕には誰も助けなど与えてはくれない。だって存在さえ気づかれないように過ごしているのだから。だって怒られないように、面倒ごとを持ち込まないように過ごしているのだから。そうしているうちに僕はひとりぼっちになって、全部誤魔化して嘘をついて、そんなことをしたら世界はもっと敵になって、それの繰り返し。
最初の一歩を踏み出した先の違いだけで、これ程までに世界が変わってしまう。残酷すぎる真実だ。その一歩は自分で決められやしないのに。
けれどもしかしたら、今からでもその向きを変えられるのかもしれない。だからちいさな安心を集めて、すこしひとを頼って、困ってるんですとそっと囁く。僕にしてはおおきな勇気を持って。
それでもやっぱり、もとのループに引き摺り込まれそうになる。日常の隙間にふと、世界は敵じゃないか、思い出せよ、用心しろよ、と囁くもうひとりの僕が現れる。気を抜けば毎日現れる。そんな僕を薬で消して、音楽で耳を塞いで、そうしてどうにか安心を探し求める。
もうひとりの僕、まだ鎖に繋がれたままの僕、きみは消えてしまうのですか。一緒に安心を探しに行きませんか。大丈夫になってみませんか。この先になにがあるか分からないけれど。きみの言う通りかもしれないけれど。でも暖かな春の日の世界を、きみと一緒に見てみたいよ。一緒に穏やかに、優しい光を浴びてみたいよ。