見出し画像

東京大学2024年国語第1問 『時間を与えあう―商業経済と人間関係の連環を築く「負債」をめぐって』小川さやか

 前年の2023年第1問と同じく、文化人類学をあつかった説明文であり、東大第1問のあらたな傾向のあらわれかと思われる。
 一方で、女性の書いた文章が第1問に採用されることはきわめてまれであるように思う。
 2023年は古文の第2問も第4問も女性の書いたものであった。ほとんど男性の著者しか想定できない漢文が出題される第3問をのぞけば、女性によって書かれた問題文ばかりとなったことになる。

問題文はこちら

(一)「行商人たちにとって掛け売りを認めることは、商売戦略上の合理性とも合致していた」(傍線部ア)とあるが、それはなぜか、説明せよ。
 傍線部アの直後に続く文章に理由が述べられている。つまり、1.「貧しい消費者はツケを認めてくれる行商人を贔屓にするため、得意客の確保や維持につながる。ツケの支払いのついでに新たな商品を購入してくれる可能性もある」、2.「行商人たち自身も、仕入れ先の仲卸商人から信用取引で商品を仕入れており、販売枚数を稼げば、仕入れ先の仲卸商人から仕入れの順番や価格交渉において優遇されることもあった」、3.「銀行口座をもたない行商人たちの中には、ツケを緊急時に使用する『預金』のようにみなし、商売が不調の時に回収するべく、好調なときにはあえてツケを取り立てに行かない」である。
 以上の要素の文言を適当に言い換え、要領よくまとめれば、「貧しい客からの継続的購入、ツケの支払時のついで買い、販売増による仕入れ条件の優遇の可能性があり、商売不調時の預金替わりにもなるから。」(66字)という解答例ができる。

(二)「まだ返してもらっていないだけだ」(傍線部イ)とあるが、なぜそう主張できるのか、説明せよ。
 第7段落には「これらの商人や客の言葉や態度から、私はしだいに、彼らは商品やサービスの支払いを先延ばしにする取引契約である掛け売りを『市場交換』と『贈与交換』のセットで捉えているのではないかと考えるようになった」とあり、「ツケは商品やサービスの対価であり、支払うべき金銭的『負債』である」とある。そして、「ツケを支払うまでの時間的猶予、すなわち客が現在の困難を解決し、ツケを支払う余裕ができるようになるまでの時間や機会は『贈与』したものなので、ひとたび『あげた』時間/機会を取り上げるには特別な理由がいる、あるいはその機会をいつ返すかはプレゼントの返礼のように与えられた側が決める」とある。
 したがって、問題文で言及されている文化圏においては、ツケがすぐに返されないからといって、そのツケが無効となったとはいえないのである。
 以上から、「商品やサービスの対価という負債であるとともに、支払いまでの時間と機会が贈与されるツケは、いつ返済されるか不明でも、無効にはならないから。」(68字)という解答例ができる。

ここから先は

1,394字
この記事のみ ¥ 500

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?