休息に葉をかき集めるOL
枝から切り離された、鮮やかな緑の葉っぱたち。
ザッザッと。ほうきでそれらを一箇所にまとめていく。
塀の下は影になっていて日差しもそこまで気にならない。温かい空気の中で、時々そよぐ風がとても気持ち良い。
東京から飛行機で1時間50分。
長崎県の祖父母の家に、私はいた。
「おぼろちゃんも手伝ってくれると?」
先に外に出て掃除をしていた祖母が私に笑いかける。うんと頷けば嬉しそうにありがとねえと呟いた。
芝生の生えた庭に目をやると、弟がまるでダンゴムシのように縮こまって草をむしっている姿があった。
私の存在に気付いたようで、顔を上げて弟がこちらを見る。草むしりの手は止めないあたりプロだ。
「お父さんは?」
私の質問に少し目線をずらすと、庭の隅の方を弟は指差した。
あっち、と言われた方を見れば低木の枝を剪定している父が視界に入る。こちらも私に気付き、キリが良かったのかゆっくりと向かってくる。
近付いてきた父に手伝う意向を伝えると、置いてあったほうきとちりとり、そしてバケツを渡された。
剪定して落ちた葉や枝をかき集めることが私の仕事らしい。
「掃いても掃いても、うまく集まらなくてさ」
父は困ったようにそう呟いて、自分のやるべき作業へとまた戻っていった。
道具をしっかりと持ち、葉や枝が落ちている塀の近くへと私は向かう。
8月の終わりとはいえまだまだ厳しい夏。
日差しからは逃れられないと思い、日焼け止めクリームを腕やら首やらに塗りたくっていたけれど。
塀に隠れてすっぽりと日陰になったスペースに足を踏み入れた瞬間、肌に感じていた日差しはおさまった。むしろヒンヤリしている。
これなら日焼け対策は必要なかったかもしれないなと思いつつ、手で持っていたほうきで地面を撫で始めた。
あたりは静かだ。黙々と庭掃除に勤しんでいるのか家族の声すら聞こえない。
車の音なんて煩わしいものも聞こえない。
風があたりをそよぐだけで、感じるのは木々の微かな揺れと葉が擦れる音だけだ。
掃き掃除の手を止め、上を見ると空は綺麗な青空。真っ白な雲たちがゆっくりと同じ方向へ流れていく。
気持ちいい〜〜〜〜〜
狭い部屋にこもり切り、PCとモニターを終始見つめ続け。キーボードを叩いては取引先との電話を何度も繰り返す平日日中。
それと比べて。
青空の下、穏やかな気温、そよぐ風の中。落ちた葉や枝を集めてはバケツに積み重ねるだけのこの時間。
ブルーライトから解放されて自然を感じる今。
気持ちいい〜〜〜〜〜(2回目)
脳内の語彙力の低下を感じつつ、ひたすら葉や枝をかき集め続ける。
何かで見かけたが、休息というのは普段していることと全く違うことをするのが良いらしい。
例えば私のように在宅勤務でブルーライトの攻撃を受け続ける仕事の場合。
休みの日は電子機器からいったん身を置き、運動をしたり本を読んだり。はたまた外で友人とお茶をしたり。
そういった普段(仕事)とは違う行動で、脳と身体は休まるそうだ。
まぁ確かに。それはそうだろうとも思う。
平日にPCをいじって、休みの日もPCでネットサーフィンなんて、やってること大して変わらないし。
けれど、1番手近なスマホという娯楽の誘惑に負けて、YouTubeに貴重な時間を溶かしてしまうことが多々あるのも事実だ。
インスタントな楽しみもそれはそれでいいけれど。
休息かと問われるとなんだか違うような気もする。
けれど今なら。私は胸を張って言える。
晴れた空の下、祖父母の家でただ葉をかき集めているこの時間が。
まさしく休息であると!
「おぼろちゃん大丈夫?変わろうか?」
家の中で家事をしている母の声が聞こえてきた。
よく日差しで体調を崩す私に気を遣ってくれているのだろう。
大丈夫ここ涼しいからと返せば、無理しないでねと声が返ってきた。
もしも何かのきっかけでどうしても仕事が嫌になったら。
海や山や川のある、自然の豊かなところで。
彼とのどかに暮らすのもありかもしれないな。
いや、でもお金が心配か…?彼もつれてくるとなると2人で稼ぎ口を探さねばならない。
何をするにしても先立つものがやっぱり必要か…。
「お!綺麗になってるじゃん」
突然横から顔を出した父が地面を見つめる。
私の横に置いてあるバケツには、葉や枝がかなりの量溜まっていた。
確かに、さっきまでそれらが散らばっていた目の前の地面はすっきりしている。
でしょ〜と私が満足げに返せば、もう終わりでいいよと父が言った。
いそいそと道具を手に持ち、庭を通って家へと向かう。
頭の中は先ほどの地方移住計画(仮)の続きだ。
たまにはこんな息抜きも良いけれど、毎日だったら都会の生活が恋しくなるのだろうか。
結局、ないものねだりなのかもしれない。
どっちも欲しいなんてわがままな私の最適解はなんだろう。
その都度その都度で、自分の選びたい選択肢を選べるようにするためには。
やはりある程度の資金が必要だ。
「おぼろちゃんありがとうねえ」
玄関付近に立っているおばあちゃんが、私に笑いかけた。
「うん、楽しかったよ」
仕方ない、目を酷使する仕事も貴重な資金調達だと思って頑張ろう。
こんな穏やかな休息を、たまには間に挟みつつ。
おぼろ
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