この国の広告にやたらパフォーマンスイベントが多い理由がわかった気がした
少し長い前置き
この国にはケータイ会社というかドコモやau的なのが2社ある。
青のFlowと赤のDigicel。
どっちの方がシェアが大きいのかは知らない。そこまでは興味はない。
JICAから支給されているSIMはFlow。家のWi-FiもFlow。
それで、先日Flowからメールで、「君んとこのWi-Fiの速度10倍にしたったで!やったな!もちろんタダやで!いぇーい!」みたいなのが届いた。
単純に、一定期間タダで速い速度を体験させて快適さに慣れさせて、プラン変更をせまる作戦かな、強引やなぁと思っていた。あるいは、ぼくはちゃんと毎月の支払を期限内にやるから早くも有料会員と認定されたご褒美かと。
意外と商魂たくましいのかサービス精神があるのか、とにかくどういう風の吹き回しかわからないけれど、ラッキーと思っていた。
ほんとにただのラッキーだと思っていた。
で、最近そのflowがイベントをやっていたと知った。
速度10倍はデフォルトですよ、我々早くなったんです!お値段据え置き!この機会にぜひ!という周知のキャンペーンイベントのようで、ダンサーを引き連れ街を練り歩き、店舗前に作ったステージで踊ったりとライブイベントを行ったようだ。
その様子は下のインスタから確認してほしい。
これ少し補足すると、片側1車線の国道の片側を占拠して練り歩いてる。場所的には、ダウンタウンの店舗前から出発してダウンタウンを1周してる。
1時間くらい。全身の青の人の胸を見ればわかるように暑い。たぶんこの日も30度近い気温。すごいと思う。
ぼくは毎朝この4枚目のflowの店舗前を通って出勤してるから、朝、ステージを組んでるのを見てたし、帰りは何かをやろうとしてるのは見えたけれど何かはわからなかった。(ナマモノ買った後だったから一刻も早く帰って冷蔵庫に放り込みたかった。)なんだかんだで夜8時くらいまで何かやってたんじゃないかと思う。悲しいかな、ダウンタウンの騒音は小高い丘の上の我が家にもよく届く。
ぼくはカーニバル前の助走のイベント的ななにかなのかなと思っていた。だってこの国の人はそういう派手なことが好きなように見えるから。
たまたまぼくはこのKevieのインスタのアカウントを見つけて、あれはプロモーションだったんだ、速度10倍はデフォルトになったんだと知った。
(ちなみにこのKevie、以前のファッションショーに出てたモデルさん)
いよいよ本題
ぼくは自分で言うのもなんだけれど、この国の結構広告は見てる。見るようにしてる。貼ってあったり配ったりしてるフライヤー、ネット広告、ローカルニュースサイトの広告、記事などなど。
それでもぼくはこのプロモーションはぼくは知らなかった。ターゲット的にはぼくはど真ん中のはずなんだど。まぁぼくは既に契約してしまっているんだけれど。
何が言いたいかというと、ぼくが思っている以上にこの国の広告はリーチしないんだろうなと。
フライヤーを作って配るという戦略を取るにしても、先進国のそれよりも効果は低いんだろう。
これは広告が不毛の地と言っても良いかもしれない。
テレビはあるけれどローカルの番組を見る人は稀でみんなBBCだとか衛星が主流っぽいし、そもそもテレビ持ってない人が多そう。テレビよりもラジオの方がみんな聞いてる気がする。けれど、それは決してみんな聴いてるということを意味しない。マジョリティではない。
ネット広告にしたって、例えばインスタやFBに広告は出している会社はなくはないけれど、そんなにリーチしてるとは思えない。だって、ネット接続結構高いから。通信費はチャットか通話に費やすという人が主流な気がする。ぼくらのようにネットサーフィンは家でやってるのかもしれないけれど、それできる家庭って中流じゃない?と思わなくもない。
というか、新聞でもTVでもラジオでも、なにかしらメディアに日常的に触れて情報収集してる人って結構マイノリティな気がする。新聞が週2回しか発行されないから毎日ニュース見るところから情報を摂取する習慣が根付かなかったのかもしれない。
そして人は踊り、歌う
じゃあ人々の注目集めるためにはどうするのよ、悪名は無名に勝ると言われるほど、まずは知ってもらわないと何も始まらないんだけど…ってなったときに練り歩きが効果的だという結論になっているんじゃないかと思う。最新の広告テクノロジーはある程度規模があってこそ効力を発揮するもので、この人口10万人程度でスマホの普及率も5割あるとは思えない場所ではテクノロジーの恩恵は受けられないのかもしれない。少なくとも既存のやり方では。
それで、その練り歩きの何が良いかって、注目を集めやすい。
大きな音楽を鳴らして、一定の人数の統一感を持った人たち(flowの例ではブルーのポロ)が街を歩くのは断然目立つ。
すぐ目がいくし、なにやってるのかなって建物の中から人が出てきてもくれる(これはぼくが以前チャリティーウォークしたとき思った。)
興味ない人にも届く。何かやってるなと認知される。
それで、思ったんだけれど、この国の葬式も家(教会)から教会墓地まで練り歩く。爆音で音楽ならしながら参列者を引き連れて。にこやかに送り出すタイプなんだなと思っていたのだけど、あれはあれで、その周辺コミュニティの人たちに〇〇が亡くなったと知らせる意味合いもあるのだと思う。
歌い、踊るのはその方が遠くに届くし、記憶に残るからじゃないだろうか。
記憶には単純な暗記のように意味記憶と、感情の起伏や物語性のあるエピソード記憶というのがあって、後者の方が記憶に残りやすい。(需要があればここは別途深堀りするけど、今回はこれ以上言及しない)
意識的にそうしてきた歴史があるというわけではなくて、一種の自然淘汰的にそのやり方が選択されて生き残ったということじゃないかと思う。
広告というとメディアなわけで、メディアって媒体で媒体とは2つのものの間に入って両者をつなぐものなわけだから、練り歩きもメディアだしこの国の文脈に根差した戦略だ。
そういえば、与党の結党18周年だかの練り歩きもあった。
この国でもっとも多くの人にリーチするのはTVCMでもTwitterでもなくて、練り歩きだとみて間違いなさそうだ。
もっと早く気づくべきだったなぁ。
さて、どうする。
ぼくの見立てでは練り歩きは注目は集まるけれど、それが認知に繋がるか、好きになってもらえたり応援してくれたりすることに繋がるかというと大いに疑問がある。
なにか効果的にできる方法はあるのかなぁ。
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