岸田総理も視察!戸田型PBLとはいったい!?(後編)
指導主事の中村です。
前回、こちらの投稿で戸田市におけるPBLの推進について、その導入の背景や効果等を紹介させてもらいました。
今回は、戸田型PBLの考え方や「探究」及び「学習指導要領」との関連などを紹介したいと思います。
1.PBLってそもそも何なの?
PBLを導入する際に最初につまずいたのが、文献や実施主体によって、その定義の捉え方がまちまちで、決まったものがない、というところでした。
歴史的には、アメリカの哲学者・教育者であるジョン・デューイ(1859-1952)を起源として、その弟子のキルパトリック(1871-1965)が提唱した「プロジェクト・メソッド」に源流があるようです。ただ、そこから様々に派生、発展していき、いまでは各教育機関がそれぞれ独自に「〇〇型PBL」といったかたちで、定義付けを行っているようでした。
ではどの「〇〇型PBL」を導入すればよいのでしょうか。調べてみると、ハイテックハイ型、エドビジョン型、PBLWorks型など、出てくる文献や情報は、いずれも海外の学校の事例ばかりでした。また日本の事例は大学のものばかりで、一般的な公立の小・中学校の実践例は当時ほとんどありませんでした。これではどんなにいいものを導入しても学校が混乱してしまいます。
そこで、逆に事例がないことを前向きに考えてみることにしました。つまり、世界中の教育機関が独自に定義しているのであれば、日本の一般的な公立校でもできて、学習指導要領にも沿うようなPBLのモデルとして、「戸田型PBL」を創ってしまおう!という発想です。
ではどう創ったらいいのか。手探り状態でしたが、とりあえず「プロジェクト」の言葉の本質から考えてみることにしました。
2.プロジェクト=未知の課題を解決すること
「Project」を単純に翻訳すると、「事業」「計画」「企画」といった言葉になりますが、そうするとPBLは、事業型学習や計画型学習、企画型学習ということになります。ちょっとピンときませんよね。
では、企業の世界ではどのような定義がされているでしょうか。一番有名なのが、世界標準のプロジェクト・マネジメントの教科書と言われるPMBOK(Project Management Body of Knowledge)の中にある「独自のプロダクト、サービス、所産を創造するために実施される有期的な業務」という言葉でしょうか。でもこれも学校に馴染みがないビジネス的な背景をもとにした定義で、難しそうに聞こえてしまいます。
そこで、プロジェクトの語源に遡って考えてみることにしました。するとどうやら「未知の状況(Pro)に、自分を投げ入れる(Ject)こと」が本質のようでした。
また、プロジェクトの反対の言葉は何かを調べてみると、ルーティンワーク(既知の業務を遂行すること)と出てきました。であれば、プロジェクトは「未知の課題を解決すること」と言えそうです。
そこで、Projectを「正解の無い未知の課題を実際に解決していくこと=課題解決」と思い切って捉えてみることにしました。
こうして、「Project=課題解決」「Based Learning=学習」と捉えた結果、戸田市ではPBLのことを「課題解決型学習」と呼ぶことにしました。
ちなみに、「問題解決型学習」ではなく、あえて「課題解決型学習」にしたのには様々な理由がありますが、一番は、教室の中で「問題を解く」イメージではなく、実生活や実社会の中で「何かをやってみる」ということを重視した学びであることを強調したかったからです。
『Thinker(考えるだけの人)からDoer(行動できる人)へ』。アメリカのシリコンバレーでは、これからの変化の激しい予測不能な社会においては、まずは一歩前に踏み出し、動いてから考えていくことが重要だと言われているそうです。
また、「課題」という言葉は海外では、「Challenge」とも訳されています。この言葉にはそんなチャレンジャー(挑戦者)にもなって欲しいという思いも込めています。
3.課題解決型学習(PBL)の要件とは?
さて、そのような思いが詰まった「課題解決型学習」という言葉ですが、いざ「やってみましょう!」と言われても、その捉え方が先生によってバラバラだと、やはりうまくいきません。
そこで、「課題」「解決」「学習」のそれぞれに対しての捉え方を各2つずつ考え、下記のような計6つの要件としてまとめてみました。具体例も載っているので、よろしければ御覧ください。
これを作る上で最も意識したのは、世の中のプロジェクトと言われるものは必ず「誰かの何かのためになり、付加価値を生むことを目的としている」ということでした。先に述べたPMBOKにおいても、「独自のプロダクト、サービス、所産を創造するために…」と、プロジェクトの目的が語られています。
そういった視点で見ると、たとえば、「地域でのフードロスを調べて発表する」といった、よくある学習活動はプロジェクトと言えるでしょうか?もちろん自分たちの学びにはなり、とても大切な学習ではあります。でも子供たちは、「誰かの何かのために…」と目的意識をもって活動はしていないと思います。
つまり、その活動がプロジェクトと言えるかどうかは、学びの成果だけではなく、活動の成果に対する目的意識があるかどうかが前提と言えるのではないでしょうか。
では上記のような一般的な学習活動をどうしたらプロジェクトにできるのか。そのためには、「〇〇のフードロスの課題を解決しよう!」という活動成果への目的意識を喚起する「課題解決活動」を加える必要があります。すると、「地域の食品店のフードロスを解決しよう!」といった実生活や実社会のリアルな課題を解決する“プロジェクト”になるのです。
実際にこのようなフードロスの課題解決に取り組んだプロジェクトを行ったグループの動画がありますので、よろしければ御覧ください。一般的な学習活動と目的意識の違いがお分かりになるかと思います。
ちなみに、これを見ると、プロジェクトって「何か大きなことを第三者に向けてやらなきゃいけないんだ」「ビジネスになるようなことをやるんだ」と思われるかもしれませんが、それは誤解です。
たとえば、友達の誕生日にサプライズイベントを企画するのも、友達を喜ばせるという付加価値を生み出すという意味で、立派な「誕生日プロジェクト」です。
さらに言えば、「誰か」というのは他人である必要もなく、自分自身を対象にして、付加価値を生む活動もプロジェクトになります。
たとえば、大谷翔平選手が「8球団からドラ1指名される」という自分の夢を叶えるために、マンダラチャートという目標達成ツールを使ったことは有名ですが、まさに自分自身の正解の無い未知の課題(夢や目標)に対し、一歩ずつ壁を乗り越え、解決していった”プロジェクト”であると言えるかと思います。
もちろんそういった大きな目標やキャリア的な文脈だけではなく、自分や自分たちが楽しめるちょっとした「独自の遊びを考える」だけでも小さなプロジェクトと言えます。そういった意味で、幼児の遊びというのは、常に小さなプロジェクトをしていると言えるのかもしれません。
なお、上記のような活動への目的意識に付随して、その目的を達成したかどうかを判定するための「明確な基準(目標)」があることも、自己満足な活動にしないという意味でプロジェクトには必須でしょう。つまり「解決」されたかどうか分からない、分かろうと意識していない活動は、そもそもプロジェクトとは言えないということです。目的と目標はセットで必要です。
さらに、PBLはあくまでプロジェクトをベースにして「ラーニング」することが目的ですので、「活動あって学び無し」にしないことも必須になります。社会人が仕事として行っているプロジェクトであれば、顧客満足や売上等の成果が上がればそれでよいかもしれません。ただ、PBLにおいては、「活動の成果を追究することを通して、学びの成果を得ること」が最上位目標になります。
このような考えをベースに、シンプルな言葉で要件を定めていきました。もちろんこれは最低限の要件で、6つ満たせば素晴らしいPBLになるかというとそうではありません。
ただ、ファーストステップとして、先生方も何をすればよいのかがハッキリしたようで、これを決めて以降、学校独自に様々なプロジェクトが生まれていきました。
ちなみに、最低限の要件ではなく、質を高めるためのポイントをまとめた資料も作成しています。令和4年度 指導の重点・主な施策(戸田市教育委員会)の4ページに掲載していますので、よろしければ御覧ください。
4.戸田型PBL発展のイメージ
さて、このようなPBLを小・中学校9年間で系統的に発展させていって欲しいという思いから、下記のようなイメージ図を作成していますのでご紹介したいと思います。
先ほど、幼児の遊びは小さなプロジェクトだと述べました。そのような目の前の小さなプロジェクトを大切にする視点で考えると、いきなり社会や世界に目を向けさせるのではなく、その子供たちの興味・関心や「やってみたい」という思いや願いに寄り添いながら、発達段階等に応じて、少しずつ対象を広げていくことが重要になります。
そこで、小学校低学年の生活科における「〇〇遊びで楽しもう」などの小さなプロジェクトを出発点とし、子供たちの「自らやりたい!」「誰かのためにやってあげたい!」という思いや願いに寄り添いながら、中学年以降の総合的な学習の時間における本格的な探究につなげ、段階的に探究の対象を広げていくようなイメージにしています。
このように学校全体で系統的に発展させていくことで、実生活・実社会で生きて働く力(未来を切り拓く力)をより一層育んでいきたいと考えています。
5.PBLは探究のひとつ?
続いて、「探究」とPBLの関係を考えたいと思います。学習指導要領によると、探究的な学習とは、「問題解決的な活動が発展的に繰り返されていく一連の学習活動」のことであり、【課題の設定】→【情報の収集】→【整理・分析】→【まとめ・表現】という探究の過程(プロセス)を発展的に繰り返していくものであると言われています。
【まとめ・表現】と聞くと、一般的には「何かの真相や謎を解明し、発表する」ようなものだけが探究だと思われがちですが、【表現】をアウトプットすることだと捉えると、「発表」だけではなく、「実行」も含まれるかと思います。
そう考えると、PBLはまさに探究のプロセスを発展的に繰り返し、問題解決的な活動をしています。そういった意味でPBLは実践的な探究だと言えるかもしれません。
ちなみに、下記は、ある小学6年生のグループが取り組んだ「学校改善プロジェクト」です。探究のプロセスを発展的に繰り返していることが具体的にお分かりになるかと思います。
6.学習指導要領とPBLの関連は?
平成29年に改訂された新しい学習指導要領ですが、改訂の一番の趣旨がこの「まえがき」の冒頭部分に記載されています。特に赤字部分を御覧ください。
子供たちが未来社会を切り拓くための資質・能力を一層確実に育成することを目指すこと。そして社会に開かれた教育課程を重視することと記載されています。
次に、これがPBLとどのように繋がっているかということを図を使って説明したいと思います。
下の図のように、社会というのは未知の課題を解決している現場であり、いわゆるProjectの場と言えるかと思います。一方学校は、学びの現場であり、Learningの場と言えます。
いままでは、この図のように、学校を卒業すると社会に入っていくという認識で、学校と社会は別だという考えがあったかと思います。「まなぶ」と「はたらく・生きる」ということが繋がっていなかったイメージです。
そのような中で、PBLは、下図のように「社会というプロジェクトの場を学校に取り入れ、学びの場にしていく」ようなイメージになるかと思います。
このように考えると、PBLは、正に「社会に開かれた教育課程」であり、実社会のリアルな課題解決を通して、「未来社会を切り拓くための資質・能力」を一層確実に育成する手段であるといえないでしょうか。
7.戸田型PBLの定義とは…
長くなりましたが、ここまでの流れを見ていただくと、下記のような「戸田型PBLの定義」に至った背景がお分かりいただけるかと思います。
さいごに簡単にまとめますと、戸田型PBLとは、「実社会のリアルな課題の解決」を通して、これからの時代に必要な知識および課題解決力などの「未来を切り拓く力」を身に付けるための学習方法のことです。
また同時に、形骸化された総合的な学習の時間から資質能力育成に向けた学びの質的転換を目指す、新学習指導要領改訂の趣旨に沿う実践型の探究であると言えます。
以上が、最初にお話しした日本の一般的な公立校でもできて、学習指導要領にも沿うようなPBLのモデル「戸田型PBL」の考え方です。
いかがでしたでしょうか。まだまだ様々な課題はありますが、戸田型PBLは、比較的分かりやすいPBLのモデルになっているかと思います。
いつか全国に波及できるようなモデルになれるよう、これからも先生方とともに進化させ続けていきたいと思います。
今後も戸田市の取組に御期待ください。
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