本気の大家さんは緑の光線を出している。
大家さんが本気を出してきてる。
うちの大家さんというのは、こちら。
いや、大家さんはいつだって本気だ。
いつだって本気で、入居者に幸あれと、マンションをピカピカに管理し、山のようなお野菜をエントランスに置いていく。
山のような…
いや、もう最近の大家さんときたら、ここから新年のご来光が拝めるんじゃないか?ってぐらいの山(私比)を作ってる気がする。
今の時期は、ほうれん草、小松菜、春菊、水菜、広島菜が、交互に入れ替わり立ち替わりで攻めてくる。
もう、食べても食べても減らない。
『肉、野菜、肉肉そして肉、野菜』を好みとしている娘に対し『野菜、野菜、野菜、肉、野菜そして野菜からの野菜』のフォーメーションで迫る母。
「ええーまた草ー!?」
おい、草とはなんだ草とは!大家さんに謝ってこーい!
と、叱ってはみたものの、作りながら私も「おや?これはエサかな?」という勢いの緑溢れたお皿にびっくりする時がある。
ところで、サラッと通過したけど、皆様、広島菜ってご存知でした?
私は広島に住むまで知らなかった。
広島菜は、野沢菜漬け、高菜漬け、そして広島菜漬けと、日本三大菜漬けのひとつを担う、偉大な野菜だった。
みんなが大好き、三大◯◯。ビッグスリー。
世界三大料理といえば、中華料理、フランス料理、そして?
トルコ料理!!それも30代まで知らなかった。
アイス伸ばして遊んでる国だと思っててごめんな。
そんなトルコポジションだった、広島菜。
大家さんが山のように置いてくれるのだけど、広島菜漬けの作り方を知らないし、検索するほど作りたいかと言われると、いやーうちのぬか床が嫉妬するんで…と、なんとなく避けていた。
しかし、避けていると萎びていくので、見兼ねて家に連れて帰り、味噌汁に投入したら、癖もなく、程よい歯触りでとても美味しい。
そうなると、炒めても美味しく食べられる。
新しい食材ゲットだぜ!と揚々と食べていたけれど、エントランスの広島菜は、他の野菜に比べて減りが遅い。
「みんな、広島菜の食べ方が分からないのかもしれないな」そんなことを思っていたある日、エントランスに、クックパッドから印刷された「広島菜レシピ」が張り出されていた。
大家さんである。
「うちの野菜をより多く、そしてより美味しく食べていただきたい!」
大家さんのほとばしる情熱が、野菜たちをより青々と輝かせている。
「みんな!広島菜を食べようぜ!」私は目に涙を浮かべて持ち帰る。
いやしかし、我が家の冷蔵庫、冷凍庫が緑緑しすぎていて、もはやどれが新鮮なのか分からない勢いだ。
大家さん、クックパッド貼ってくれてたけど、なんかそういうことじゃない気がしてきたよ…?
ここの住民はみな、大家さんに対して「本当にありがたい」と言って暮らしている。なので、大家さんの作ったお野菜を無駄にするつもりなど毛頭ないのだ。
それでも受け取れない日がある、当然だ、最近は外食だって少しずつ楽しめるようになってきた。
大家さん、すこしペースダウン…!
そんなことを思っていたまた別の日。
山のような大根が置かれていた。
久しぶりに緑ではない野菜!
私は浮き立った。
毎年、大家さんの大根でたくあんを作っている。クックパッド先生に教えてもらった簡単なものだ。
さらに今年はぬか床もいる。漬け放題だ!
そして、大根は、煮てよし、焼いてよし、生でよし!
5本担いで帰った。
いそいそとベランダに4本干す。
余ってたら、あと2本ぐらい貰ってこようっと♪と浮かれていた。
しかし、どうやら、緑以外の野菜に浮かれていたのは私だけでは無かったらしい。
数時間後にエントランスに行ったら、もう大根は無くなっていて、たまたま居合わせた奥さんが「今日大根あったんだ、もらえなくて残念ー!」と言っていた。
我が家は5本も貰った、とは言えなかった。
大家さん、緑、緑、白、緑、緑、白のペースだったら野菜の減りが早くなるかもしれないよ。
だけど大根は重いからね、全体的にちょっと量を減らすといいかもしれない!
外から大根が見え難くなるよう、ベランダの低い位置に干し直しながら、私は大家さんの家に向かってそっと呟くのだった。