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勇者御一行の来阪

彼女に初めて会ったのは30年前。え、30年前?
過ぎた月日の膨大さに、一瞬怯む。

思い起こせば彼女とは、年賀状のやり取りと、それから本を送るやり取りしかしていない。この令和において、郵便屋さんを通してのやり取りを続けてる私たちは、とても古風。
その割に、私の「本を出します!」から「購入完了」までがとても早い彼女に、手紙を添えるたび「大阪に遊びにきてね」としたためていた。

30年前、学生だった私は、ビアガーデンでバイトをしていた。あの、すごく流行っていたバドガールである。嘘です、大嘘です。Tシャツにジーンズで働いてました。一瞬、とき子のダイナマイトバディを想像した方は前へ。バドガールって何?ってなった人は座ってください。
(このくだりは多分いらないやつ)

期間限定、夏の夜、アルバイターはほぼ大学生の男女。そこで彼女と出会った。毎日顔を突き合わせて、青春が始まらないわけないやろうなバイトで、私たちは、他人の恋愛に首を突っ込んだり、恋愛相談を受けたり、泥酔した客のゲロを片付けたり、喧嘩になってビールをかける人というをの初めて生で見たりする青春を送っていた。肝心な恋愛における告白はされなかった、なぜだろう、気持ちはバドガールだったのに(まだ言う)。

彼女とは、そんなバイト仲間のうちでも特に気があって、夜中まで遊んだり、お互いの家で明け方まで語り合ったり、お互いの恋愛のことや、ちょっとエッチな話をしてヒーヒー笑っていた。
とても賢い人だったから、私の弟の家庭教師を引き受けてくれて、一時期は家族ぐるみで仲良くもしていた。
あの頃私たちは、将来間違いなくこの青春の延長上で好きになった人と結婚して、苦労のない家庭を築いて、めちゃくちゃ可愛い子供をポコポコと産んで、チャーミーグリーンのCMに出てくるおばあちゃんになる未来を信じていた。


時は30年流れる。

「家族で大阪旅行に行くことにしたの!会いたいんだけど、どういうふうに旅行計画組めばいい?」

弟の受験が終わり、社会人になり、お互い結婚してと、人生のステージが変わるたびに疎遠になって、転勤してからはほとんど会っていなかった。
「海遊館と、USJに行く予定なの」
旦那様と小中学生の4人家族が来るその日は平日だったので、海遊館でのんびり話すのが良いなと思った。ちなみに我が娘は学校。
「お母さんだけ水族館!?」と羨ましがられる。まあそうよね。

ところが平日の海遊館、激混みだった。着いたらチケット売り場は長蛇の列。尚且つ、購入できるチケットが時間ごとに区切られていて、みるみる入館時刻が遅くなっていっている。
待ち合わせ場所について、のっけからチケット購入に慌てふためいた。
「平日の大阪すごいな!」
「いや、私も舐めとったわ、並びながらネット購入してみよ!」「あん?ログイン出来ない!」「んお!?中学生料金ってどっち!?」

この時点で、少なくとも12年以上ぶりの再会である。
一言たりとも「キャー!久しぶり!」であるとか「元気!?」とかやってない。
なんとかチケットをゲットした時点で、入館可能時刻は11時15分。現在10時40分。
「どうする、あと30分ちょいあるけど」と言う私たちは、スタバを発見してニヤリとした。
「ちょっと、別行動ね!」
彼女は、旦那さんと子供たちをお土産売り場へ見送ると、私たちはコーヒー片手に、そこでようやく
「いやー、めっっちゃ久しぶり!」と言い合った。
30年の月日は一瞬で埋まる、かに思えた。

ところが、である。
「本読んでるから、ときちゃんの近況は、全然会ってなくてもわかってる感じがするのよ」と笑った後に、彼女は語り始める。

『風呂沸かし忘れて、舅に土下座して謝った話』
一発目がこれである。
いや待てと。土下座がパワーワードすぎて動きが止まる。
「信じられないでしょー?」と笑う彼女の顔は、昔と全く変わらず屈託ない笑顔で、「風呂に入ったら湯がなかった」張本人のように笑っている。
「もうさ、たまんないから占い行ったらね、舅、83歳で亡くなるって言われて待ち望んでるのに、こないだ83歳なっちゃったのよ、え、元気なんですけど?」
二発目が
『旦那にも私にも相談なしに、義姉が自分たちの敷地の物置を改装して住み始めた話』
「ある日突然、庭先で工事始まったからね、ウケる」
え、マイクラの話じゃなくて?
さらに三発目
『そういうストレスもあって癌を患ったが、立て直した話』
癌を患った話は、実は前に聞いていたのだが、そういうストレスを聞いてなかった…!!

そしてラストに
『試合観戦に武道館に行く途中、初めてヒッチハイカーを乗せたら、ヒッチハイカーと推しが被った話』

…いや、もう話し入ってこねえよ…!!!

さあて、来週のサザエさんはー?
って調子で進めないでくれ。


30分やそこらで済ませられる話ではない。最後のヒッチハイカーあたりで20分経過。
その上、何が驚きって、30年前と全然雰囲気が変わらない彼女の笑い方だ。
朗らかで、優しくて、にぎやかなままなのだ。悲壮感や怨念じみたものは感じない。
「ごめん待って。だいぶヘビーな結婚生活してない?」
と心配する私に彼女は大きく口を開けて笑う。
「もうね、ときちゃんに文章のネタとして提供したい!! 信じられない話、いっっっぱいあるの!!書いてほしいー!」

30年前、こんな人が好きだとか、こんな失恋しただとか、初めての体験談だとかを、私たちは会うたびにコロコロと笑ってしていた。その話をする時と寸分違わぬ雰囲気のまま。
彼女にどんな修羅場があったのか、どうしてそんなに明るいのか。
その真意を確かめる前に30分が過ぎた。

「あーん、タイムオーバー!入館しようか」

え、どんな気持ちでジンベイザメに対峙しろと…?
と思ったわけではない。
だって彼女はウキウキと家族を呼びに行ったし、家族は「おしゃべりできた?」とにこやかに私を迎えてくれている。
多分、来週のサザエさんを楽しみにするテンションで間違っていないのだな、と、その4人家族を見てホッとした。

水族館では、さっきの話の続きはしなかった。
今度私も家族で来よう、と思いながら、隅々を見て回る。
気がつくと、はぐれてしまう速さで、友人一家が、サメのように人の間をすり抜けていっていた。
「ジンベイザメが楽しみで!」

お目当てのジンベエザメは、そこにいた。
のんびりと優雅に、他の魚を見向きもせずに。
30年の時間などまるでないもののように、尾鰭がのんびりと左右に揺れている。
「わー」と言う彼女の横顔を見ながら、さっきの不安を思い出す。
ゆっくり撹拌される水の粒子のように、私たちはそこで絶え間なく回転させられているだけなのかもしれない。抗うすべも持たず。

「サメが好きなのうちの息子」
携帯を片手に、家族が各々でジンベエザメを撮っていた。
「あれは?あれは何サメ?」
「みて、ここにいっぱい集まってる、すみっコぐらしじゃん」

ひとしきり盛り上がったジンベイザメのコーナーが終わると、クラゲのコーナーだった。
息子くんはものすごい速さでそこを過ぎていく。
ここ、駅構内だった? という速さである。
「おい待て、クラゲを駅のポスターみたいに無視するなて!」
とツッコんだら、その言葉にニヤニヤしていた。
「興味ないのはほんっと一切見ないよね!」
旦那さんは、家族のスピードに穏やかな顔でついて来ている。

それからお昼ご飯をみんなで食べた。
中学生の娘ちゃんは、競技かるた部の部長で「うわ!私の娘が今、百人一首に夢中なのよ!」と話したら、「ええー!すごい、なかなかやってる小学生いないのに!」と食い気味で色々教えてくれた。友人が笑う。
「ときちゃんとは、いつも、不思議な接点がある気がするの!」
適当にネットで購入した日傘がお揃いだったのが今日のスタートだったし、そういや、初めて買った車も一緒であった。うん、私もそう思う。


そうやって、キャッキャしている間も、旦那さんは穏やかに微笑んでくれていた。
「旦那さんはいつも優しくついてきてくれる感じなん?」と、後で聞いたら
「そう、ドラクエのパーティみたいでしょ。で、私は行きたい場所に行くし、行ったら絶対楽しんじゃう!」
旦那さんはそれをいつも見守ってくれるそう。
「きっと色々申し訳なく思ってたりしてくれてるんだと思うの」

彼女は、どうやら勇者だった。
家族を守るために先頭切って歩いているし、病気には打ち勝ったし、楽しいことはどんどんやっていくし、美味しいものが好きだし、怯まないし、卑屈にもならない。
回転させられている水の粒子でもなければ、揺蕩うクラゲでもない。
目的を持って突き進んでいくサメみたいな勇者だった。
BGMにドラクエのロトのテーマが鳴っている。

青春の延長上で好きになった人と結婚して、苦労のない家庭を築いて、めちゃくちゃ可愛い子供をポコポコと産んで、チャーミーグリーンのCMに出てくるおばあちゃんになる未来。
私たち出会って30年、まだ道の途中、まだ未来が続く未知の中。
思い通りにならないことばかり、かもしれない。

多分、それでも、あの頃と変わらず、私たちは笑って人生を報告し合う。
泳ぎ方は自由。
サメでも、マグロでも、飛魚でも、クラゲでも。
ちなみに私は、オットセイとかがいいな。海獣だけど。


「また次ゆっくり来るね!」
ドラクエパーティは、USJに向かう船に乗り込んで、いつまでも手を振っていた。

うん、待ってる!
さあて、次の彼女の話題は、何になっているだろうか?
とりあえず、一本につき30分は話を聞かせて欲しい。

※この文章は、友人了承済みでアップしております。

静か


ジンベエさん以外も
眼差しが強いよね
一緒に泳ぎたい
すみっコぐらし
私はリビングでこういう風に気絶している

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