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パピコのひとつとボクらの全部 2 #シロクマ文芸部

北風と歩いていた。手に持ったパピコが冷たい。僕はどうして肉まんを買わず、パピコを買ってしまったんだろう。せめて夏なら、2本のパピコもこんなに辛くはないだろう?

ぼんやりと夏を思い出す。最初の夏だ。
7月。
まだ中学2年だった。

美術部員は、毎年9月の文化祭に向けて絵を仕上げることになっていた。テーマは毎年微妙に変わるが、ほとんどが「挑戦」とか「未来」とかが入る前向き且つ無難なもので、部員たちは、部活動に励む生徒の絵を描くのが恒例だった。
これがわりと美術部の年に一度のお楽しみになっていて、他の部活動の部員との交流も兼ねて、片思いの吹奏楽部のなんとかさんを描くんだとか、陸上部の女子の胸の揺れをじっくり見れてラッキーだとか、憧れのバスケ部のなんとかくんをモデルにしたいと話しかけたらオッケーをもらえたとか、とにかくやたらと盛り上がる。
もちろん、美術部同士で描き合う者もいたし、ひとり絵を描いている自画像を描く者もいる。それが1年生の時の僕だった。
「おい、せっかくの機会にぼっちかよ」
と、さもつまらなそうに3年の先輩に言われ、それを聞いていた同じ1年生の部員から小さく漏れる笑い声を聞いた。自分と向き合うのは、ぼっちだと笑われることを知って耳のあたりが熱くなった。

2年になってその反省を踏まえて、ブラブラと部活動を覗いた。体育館シューズのキュッと締まった音の先の筋肉の動き、野球ボールを躊躇なくスライディングで拾った時の砂埃、音楽室に差し込む光に反射する金管楽器と夏の空の相性の良さ。
最初は仕方なしに素材を探していたけれど、目を引くものが意外にも多く、僕は満遍なく部活動を覗いては軽いスケッチをしていく。

あの背中が目に飛び込んできたのは、陽射しがキツくて外の運動部はやめようかと思っていた時だった。
ドフンと沈む水の低い音とパシャッと弾かれる高い音。暑さに溶けそうだった僕は、掛け声の威勢の良さに呼びこまれるようにプールサイドへ向かった。声の先に目をやると、水から上がった背中が、水の衣を纏って強く光った。
惚けたように釘付けになる。
その背中を追うようにして、泳ぐ姿やタイムを聞いて笑う顔、腕をグンと伸ばしてフォームを確認しているところや、髪から滴る雫の全てをスケッチしたい衝動に駆られた。

プールサイドには、他にも美術部員が2人。
「スダも水泳部描くの?」
と言うそいつは
「いいよな、こんなに堂々と女子の水着が見られる毎日」
と、くくっと笑って、もう1人のやつに肘で突かれていた。
ああ、確かこいつは、陸上部の女子に対しても揺れる胸がどうこう言っていたやつだ。
「くだらない」とか「そんな目で女子を」とか、そういうことを思ったわけではなく、純粋に自分が思いもよらなかったことを、さも世界共通認識みたいに言うので、不意を突かれて返答が遅れた。
そいつは明らかに面白くなさそうな顔を僕に向けた後
「なんかバカにされている気がすんだよな」
と大袈裟にため息をついて、僕のことを視界に入れるのをやめたようだった。

僕は彼らをバカにしているのだろうか。
僕よりよっぽど色々知っている気がするし、立ち回りもうまそうだなと思っているのだが?
かといって尊敬しているわけでもないので、僕もゆるゆると彼らを視界から外すことにする。
水面が、斜めから差し込む太陽を受けてひどく光っていて、瞬く間に彼らの存在を消し去ってしまったみたいだった。

なんてキレイなんだろう。
僕はそれから夢中で鉛筆を走らせた。
光る水面の上を、何かの群れのように美しく泳いでいく部員たち。真剣な面持ちは、体育の授業にはない緊張感で満ちている。授業では決してやらない飛び込みも、近くで見るのは初めてで、躊躇なく水面へ向かう姿の勇ましさは、別の星の美しい生物のように思えた。
水を掻く音が、小さな泡になって僕を包んでいく。

「ミコト!ラスト一本!」
そう呼ばれた光る背中の持ち主は、軽く手を上げると飛び込み台に立ち、伸ばした指先から吸い込まれるように水面へと飛び込む。まるで銀色の三日月が海に沈むみたいに美しく。

4月。
3年になって出席番号順に座った僕の前の席に、光る背中の持ち主が制服を着て座っていた。自分の心臓が鳴ったことに驚く。
水を纏ってなくてもその背中が光っているように見えた。
その背中の持ち主が、くるりと僕の方へと首を回した。
「あ、スダくん、スダソウシくんだよね。去年、文化祭で水泳部描いてくれた。あれ、すっごくキレイだった!」

去年の文化祭、僕の描いた水泳部のアクリル画は随分とたくさんの人に褒められ、県の美術展でも入選した。
誰もいないプール、今まさに飛び込こもうとする背中、光る水面は穏やかなのに、そこが戦場になる緊張感を出せたらいいと思った。
「あの飛び込み台に立ってるの、部員みんなが自分だって言い張ってたんだよ、あんまりかっこいいから!」
スオウミコトはそう言ってくしゃっと笑った。
どういうわけか耳が赤くなるのがわかる。それを気付かれたくなくて、何気なく耳たぶを触りながら答えた。
「ああ、ありがと。えっと、あれは、君だよ」
「ええー!俺ー!?」
自分を指さして大袈裟に驚く彼をみて、言わなければよかったと思う気持ち半分、やっと本人に言えたという喜び半分だった。
コノキモチハ、イッタイナンダ……?
小さなクエスチョンが、細かい泡のように僕を包んで不安にする。ミコトと話すたび、僕は毎日少しずつ溺れていくみたいだった。

7月。
今年も文化祭の準備にかかることになった。好きな部活動を見学に行くように促すのは、部長の僕の役目だった。
「今年の文化祭のテーマは『全力チャレンジ』になるそうです。例年通り、各部活動の顧問の先生には話が通っているので、邪魔にならないところでスケッチをして下さい。あと、去年、スマホで勝手に撮影した者がいたということで問題になってます。スマホは学校に持ってくることが禁止されてます。美術部の今後の活動もできなくなる可能性が出ますので、絶対に撮影はしないでください。部活動時間外で個人的にモデルをお願いすることは可能ですが、時間の拘束など迷惑にならないようよろしくお願いします」
 誰も僕の話を聞いている様子はなかった。顧問が後ろから援護射撃のように大きな声で繰り返す。
「ちゃんと聞いておけよー、特にスマホ撮影は本当に美術部活動活動停止になるからな、SNSとか流されたら俺も……」
首もとに手の平を持っていき、首を切る仕草をすると大きく舌をだして見せる。生徒が笑いながら「はーい」と答えた。

それから、各々がスケッチブックを抱えて教室を出ていく。溢れ聞こえてくる声のほとんどが、やはり毎年同じようだった。
サッカー部の先輩と話せるかな?
あたしは女子バレーにするよ、だって直接男子部は無理!
えー、あたし、何にも決まってないや。
お前、吹奏楽部の彼女描くの? いいよな彼女ー!
あいつら、絶対付き合ってるよな? 美術部に篭りっきりのあの二人!

僕もスケッチブックを小脇に抱えて外へ出る。今年の空も青くて、青すぎて、春の柔らかな空よりずっとずっと深くて怖かった。
青春って、なんで春なんだ?
僕は、群青の夏に囚われるみたいに、光るプールへ向かっていく。

それでもまだ、パピコを分け合える分だけ、夏は優しい。


続く

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なんか。長い。長くなってる。
そして、シロクマ文芸部のお題に合わせようと思ったら、どうしても冬シーンを入れなければならない感じになってるんだけど、脳内に冬のシーンがない。
なんで、彼、今一人でパピコ食べてんだろう誰か教えて。

でも楽しいです。
今後は、シロクマ文芸部のお題を待たずに、進めていってしまおうかなと思ったり、いやいやゆっくり楽しんでいくのもありだな、と思ったりしています。
でも、思いつきで進めると、キャラ設定がグズグズになるのも今回わかりました!笑

さて。あと何話で終わるかな。年内には終わらせたいです!



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