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朝ドラレビュー:「カムカムエブリバディ 安子編」 英語で世界と繋がろうというテーマなのに、安子は心を閉ざしすぎてだれとも繋がれない人だった

 久々に朝ドラ「カムカムエブリバディ」を見ている。3代100年にわたる、英会話をテーマにしたドラマというところに興味を惹かれたからだ。だが、まもなく1代目の安子編が終わるが、今のところもやもやしっぱなしの展開である。

 和菓子屋「たちばな」の娘、安子は岡山随一の企業、雉真繊維きじませんいの御曹司、稔と英語学習を通じて知り合い、結婚する。結婚に際しては安子の父に稔の父が説得され、社運をかけた縁談を父自ら断ったというエピソードも加わる。だが戦況は日に日に悪化し、学生だった稔、弟で安子と幼馴染の勇も学徒出陣で戦地へ送られ、勇は戻ってくるが、稔は戦死した。ちなみに、それより先に徴兵された「たちばな」の嫡男、算太は無事戻り、ちゃっかり雉真家に居候している。

 安子は稔との間にるいという女の子を授かっていた。しかし義母との折り合いが悪く、稔が亡くなったことで雉真家に居場所がなくなる。稔の子であるるいを置いて家を出て行け、という義母にしかし義弟にあたる勇が反発。金を持たせて大阪へ親子二人を逃れさせ、安子は生きていくためおはぎの商いを始めた。

 ところが、おはぎを納品する途上で交通事故に遭い、るいが額に傷跡の残る大怪我を負う。やむなく雉真家に戻った安子は、なんとか自分の金で「たちばな」を再建し、るいの額の傷も治してやろうと、雉真家の家業には目もくれず、おはぎの商いに明け暮れるのだった。一方、そんな安子の英語力で、進駐軍のロバートと親しくなり・・・

 と話は展開していくが、戦後間もない当時であれば、長男が戦死した場合、その嫁が次男と結婚する、というのはよくある話で、実際、私も母からそのような例をいくつか聞いた覚えがある。その背景にあるのは、女は嫁げば嫁ぎ先の「家」のもの、という家父長制による伝統的家族観で、それをあくまで拒む安子は、伝統的な家父長制に抵抗し、自らを解放していこうとする戦後女性の新しい生き方を体現した存在であるともいえる。

 ある意味、皇族を離れて小室圭さんと結婚する道を選び、アメリカへ渡った小室眞子さんのメタファーのようでもあるのだが、そうであっても、眞子さんに対しては寄せられたある種の共感を、本作の主人公安子に対してはまったく持てないという状況があり、誠に見ていてもやもやするのだ。

 それはなぜかと考えてみると、安子という人間が、最初から少しも変わらず、父から教わった「おはぎ」に固執しつづけ、その世界の中にとどまって、一歩たりとも外へ出ようとせず、自分以外の人間に心を開いて自分がどうしたいか、思いを語ったり、あるいは人と打ち解けて話したりすることがまったくできないように見えるからだ。
 実際、安子は嫁ぎ先の雉真家の人のだれとも打ち解けていないし、戻ってきた兄、算太ともよそよそしいままほとんど会話もしておらず、進駐軍中尉のロバートとも、聞かれたことには答える、というぐらいの会話しかしていない。
 稔の「世界中の人と英語でつながりたい」という夢を共有していたとは思えないコミュ障ぶりで、果たして彼女は本当に、英会話が好きなのか、人と(何語であれ)つながりたいと思っているのか、疑問を持たざるを得ない態度なのである。

 主人公が、現代を生きる人々の共感を得やすいように、現代人と同じ価値観で描かれるということはしばしばあり、こうしたドラマでは許容されていいものだとは思うが、安子のそれは個人主義を通り越して、孤立主義のようになってしまっている。いや安子、あなたの未来を拓くのはアンコじゃなくて英語でしょ、雉真繊維という、亡き夫の居場所だったところで、亡き夫が英語で世界とつながってやりたかった仕事があるんじゃないの、なぜそこに目を向けないの、時代はこれから、豊かなファッションが求められるようになっていくというのに…。

 なぜ、英語によって世界とつながるコミュニケーション、繊維産業、伝統的家族観と戦後の新しい家族のあり方、女性の自立などなど、様々なテーマが浮かび上がってくるドラマの中で、おはぎに固執してそこにしか道はないと思いつめたような、そして、人に心を開き、人に頼ることのまったくできないような主人公によって閉じた話を見せられなければならないのか、まったくわからなく、それが、ドラマの面白くなさ、につながっているように感じてならない。

 まとめていうなら、安子編は安子とるい、という親子の間に不幸な関係を作り上げるための前振りだったのかもしれない。しかし、その不幸の発端が、結局のところ「時代」というより安子という主人公の心の孤立から生まれていると思うと、やりきれないのであった。


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映画・アニメをレビューしている、飛田カオルのnote
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