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映画レビュー:Winny (2023) 〜天然な天才プログラマーに翻弄されつつ魅了されてゆく弁護士、彼らの戦った相手は一体なぜWinnyを敵視したのか?が見終わったあと静かに腑に落ちてきた

ストーリー

 ファイル共有ソフト「Winny」を使って違法にコピーしたゲームのデータをアップロードしたとして、京都府警が群馬県高崎市と愛媛県松山市で、それそれ1名を著作権法違反の容疑で逮捕した。京都府警ハイテク犯罪対策室の北村(渡辺いっけい)は、東京在住のWinnyの開発者、金子勇(東出昌大)に任意同行を求め、Winnyの開発を中止することに同意させ、誓約書を書かせる。書き方がわからないという金子に、北村は自作の文章を示し、それを書き写させた。文意に疑問を抱く金子だったが、後で修正できるという北村の言葉を信じてそのまま、その誓約書を提出してしまう。しかし、その記述が調書となり、金子は著作権法違反幇助の罪で逮捕される。
 ハイテク犯罪を得意としていた弁護士の壇(三浦貴大)は、金子逮捕のニュースに「これが罪になれば開発者が萎縮し新しいものに挑戦できなくなってしまう」と危機感を抱き、仲間の弁護士らと弁護団を結成。刑事事件に強い辣腕弁護士の秋田(吹越満)を主任弁護人に迎え、起訴された金子の無罪を勝ち取るため裁判に挑んだ。
 同じころ、偽の領収書を署員に書かせて裏金づくりを行なっているとして、愛媛県警の警察官、仙波(吉岡秀隆)は内部告発に踏み切ろうとしていた。

レビュー

 ファイル共有ソフト「Winny」は使ったことはないが存在は知っていたし、開発者の金子勇が逮捕されたときには、「人を刺したナイフを製造した者が、罪に問われるのか?」という命題が、ネット上に持ち上がっていたことも何となく知っていた。それで「ああ、あの事件か」と、興味本位で見始めたのだが、東京のアパートまでやってきた京都府警の北村の、いかにもなソフトでそれでいてやらしい関西弁と、開発中止の誓約書という本人にとって好ましからざる文書になんとなく、ま、いっかという感じで署名して提出してしまう金子のほわーっとした感じに惹きつけられ、「この人だいじょうぶ?」と、ついつい先に引き込まれていった。

 だから、仲間の弁護士に、「Winnyの開発者が逮捕されたとしたら、弁護する、そんなことはあり得へんけどな」と話していた壇が金子の逮捕を知ったとき、「キターー、これで二人が組んで無罪を勝ち取る話になっていくんだな」と思ったのだが、話はそう単純ではなく、一体あれは何だったんだという、しこりのようなものを残して終わる。

 そのしこりのようなものを形作っているのは、映画の中で主任弁護人の秋田が言うように、著作権法違反は本来親告罪(被害者からの告訴がなければ検察が起訴をすることができない犯罪)なのに、「警察が原告になっていること」である。京都府警ハイテク対策室が金子を逮捕し、彼は検察に起訴された。公判の中で証人尋問に応じた京都府警の北村は、その背景について「著作権管理団体から困っていると相談があった」というようなことを述べるのだが、当の著作権者は明らかにされず登場もしない。
 原告側は、金子が「著作権違反を蔓延させる目的で」Winnyを開発したとして、著作権法違反幇助の罪に問う。この「著作権違反を蔓延させる目的で」という文言こそ、冒頭で北村が作文して金子に書き写させた「誓約書」だった。この点に注目し、主任弁護人の秋田は、反対尋問で「うそをついたものは、そのうそを隠すために、うそをつく」という心理を突いて、その矛盾を暴く。こうして、金子がWinnyを開発した目的は何だったのか、が争点になっていくのだ。

 一方で、同時並行的に、愛媛県警で日常的に行われている、偽領収書作成による裏金づくりの実態が描かれる。交番勤務の巡査部長、仙波は県警内でただ一人、偽領収書作成を拒んで裏金づくりに加担していなかった。そして、若い警察官が、忸怩たる思いを抱えながら組織のために協力している状況を苦々しい思いで見ているのだが、ついに実名で告発することを決意する。

 一見すると繋がりのない事件で、見終わったあと調べてみて、この愛媛県警裏金事件も実際にあった事件だと知ったぐらいだったのだが、仙波が言うように、社会正義を実現するために警察が犯罪行為に手を染めている実態を見せつけられることで、金子を逮捕する京都府警の、その行為自体の正当性を疑いたくなる心理が芽生えてくる。
 ここで見えてくるのは、実名で警察の犯罪行為を告発した仙波が受ける仕打ちである。それは嫌がらせであり、尾行と監視であり、脅しの電話であった。一方金子はWinnyの開発意図を問われて、「匿名性」が重要であることを示唆する。そこで、このもう一つの事件との繋がりが、見えてくる。

 象徴的だと思った場面がある。拘置所に入れられた金子に食事を持ってくる警察官の一言である。
「実はおれも、Winnyには世話になってな。ほら、無修正のエロ動画ダウンロードしよるやろ」
 容疑者として拘置されているのは金子だが、実際に著作権法違反の罪を犯しているのは、Winnyを使っている、檻の外側の人たちなのである。

 東出昌大演じる金子勇の、天才的ながら専門外では頓珍漢なホワッとしたキャラと、その人柄に翻弄されつつ魅了されていく壇弁護士とのbuddyがとてもよい。中でも金子の「Winny開発は、表現なんです」という言葉がキーとして裁判の流れを変えていこうとするところがよかった。「尋問はライブ」と言いつつ、実際にライブな尋問で北村を追い詰める秋田のカッコ良さにもしびれる。弁護士団はもちろん、検察側の不当な起訴と、開発者を犯罪者にすることの社会的影響に憤って金子の弁護を引き受けたわけだが、それだけでなく、世間知らずでピュア、しかし一点においては天才的という金子の人柄に惹かれたとところもあるだろう。その人柄を見事に表現した東出昌大が素晴らしかった。

 そもそも、発端は2ちゃんねるで、金子氏は「47氏」としてしか認識されておらず、映画冒頭の逮捕者も匿名で違法アップロードを行なっていたはずだ。だから捜査を担当した京都府警は容疑者特定に相当のハイテク捜査を行なっており、そのへんの、府警側の内幕も見たかったと思った。

 もう一つ物足りないなと思ったのは、当時とインターネットで誰が何をどう楽しむかが変わってしまっている中で、共有ファイルソフトがなぜこれほど喜ばれ、どのように使われているか、そして何より、「47氏」と呼ばれた金子をとりまく、2ちゃんねるの熱狂(まさに、それこそ「匿名性」の楽園であった)を、物語の土台として描いていないということである。

 それを差し置いても、天才プログラマーが裁判に7年を費やしたことで日本が失ったもの、を思うとき、結末に胸が締め付けられる思いがする。そして、「匿名性」を奪われたとき、一体守られるのは誰なのかを考えると、しこりとして残った、京都府警の逮捕意図の裏側に、確かに闇があると思うのだった。

 補足だが、Netflixで世界最大級の匿名掲示板「4chan」に関するドキュメンタリー『アンチソーシャル・ネットワーク: 現実と妄想が交錯する世界』が配信されていて、こちらも大変興味がある。言うまでもなく、「4chan」は日本の匿名掲示板「2ちゃんねる」と同じく、西村博之が運営する掲示板で、その匿名性を武器にQアノンをはじめ、様々な騒動、事件の発信源となっていることで知られている。匿名性を担保することで世の中を変えようとした金子の夢と、匿名性が担保された掲示板が生み出した現実という意味で、対になる作品になっていそうな気がする。

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