料理
人類が火を手にしたことで、食材を加熱するようになった。これによって食べられる食物の種類が増えた。加熱調理によって、人類が触れることのできる味が劇的に増えた。
店先に漂ってくる肉の焼ける香ばしい匂いにお腹が鳴る。あのえも言われぬ、食欲を刺激される香りも加熱することによって人類が得た味覚の一つだし、薄っすらと茶色く照りのある美味しそうな焼け色も味覚の一部だ。食材そのものの味が加熱によって変化することはもちろん、食感も大きく変わる。
加熱調理は、単なる味の変化のみならず、内臓によって消化吸収することを助けることに繋がった。加熱は食材を殺菌する役目もあって、それ以前より食物が衛生的になった。こうして人類のエネルギー摂取の機会と効率が高まったことによって、より強固な体力を得て移動能力が強化された。と同時に、食物を探すことに掛ける時間が減って、人類に余暇をもたらした。
材料を適度な大きさに切って火に掛け、調味料を入れて一定時間加熱する。これが加熱調理の大まかな流れだ。簡単なようだが、文字通り切って調味料を使いながら加熱するだけでは美味しい料理は出来ない。
食材を切る大きさ、切り方、下処理、火にかけるタイミング、火加減、調味料を入れるタイミング、加熱時間、そして加熱後の処理など、加工と手順を間違えずに行う必要がある。しかも、食材の種類や量、調理器具の違いによって熱の伝わり方が違うし、料理によって熱の伝え方を変えなければならない。
加熱調理は、熱によって促進されるという化学反応の性質を利用したものだ。調理によって食材にどの様な化学反応を起こしたいのか、それによって切り方や加熱の仕方を変える。例えば、みじん切りの大きさが大き過ぎたり、バラバラ過ぎると、それだけで調理は上手くいかないし、火が強すぎたり、あるいは弱すぎても上手くいかない。
小学生か中学生の理科の授業で、植物の細胞と動物細胞の違いを学んだのを覚えているだろうか。植物の細胞には細胞壁があり、動物には無いというやつだ。この構造的な違いが、野菜と肉の調理の仕方の違いに繋がる。食材の化学的な構成要素の違い、すなわち、炭水化物(糖類)なのかタンパク質(アミノ酸)なのか、はたまた水分含有量がどうなのかによって、調理方法は変わる。
そして、糖とアミノ酸の加熱反応であるメイラード反応を上手く引き出せるかが勝負だ。あの香ばしい匂いや、美味しそうな焼き色はメイラード反応によるものだからだ。間違っても、焼き色をつけるために焦がしてはいけない(焼き目は焦げだが焼き色は焦げではない)。そのためには、火加減が極めて重要だ。コンロに書いてある「中火」が調理の中火なのでは無い。中火によって食材に期待される化学反応を引き出す火の強さを中火と呼んでいる。
レシピに書かれている、「中火で◯分、色が変わってきたら弱火にして◯分・・・」というのが化学実験の指示書に見えてきたら、料理の腕が上がるかも知れない。
ところで、コーヒー一杯淹れるにも化学実験のノリでやってしまう私を、きっと妻は理解できていないに違いない。
おわり