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うちのおでん【お酒休憩】

「今日まかないはいらないの?」
「うちにおでんがあるので、大丈夫です」

魅力的なまかないの誘いを断って、バイト先から帰宅した。大量に作ったおでんを今夜には食べ終わらなければならなくて、どうも昼にも食べないと帳尻が合わなそうだったのだ。

しゃーなし感を出して語っているけれど、私、たのしみ。だって、おでんのおかげでお昼の1杯を日本酒と決められたから。

暖かい秋に、ようやく到来した冷え込み。まだ冬とはいかないけれど、それでも外はひんやりしている。昼間とはいえ、おいそれと窓を開けっぱなしにできなくなってきた。

着替えを済ませるなり、キッチンの電気をつける。真っ先に向かうは冷蔵庫だ。大きなタッパの中でしみしみになったおでんが、私の手が伸びてくるのを待ってくれている、気がした。

コンロに出した1人用の小さな土鍋に、大根、ちくわ、こんにゃくっと。夜に食べたい子たちはもう少し寝ていてね。ようし、あとは、土鍋に蓋をして火にかけるだけ。ついでにホーローの小鍋にお湯をたっぷり注いで、隣のコンロも加熱しておく。これは、熱燗用。

1人分のおでんはあっという間に温まる。程なくしてぐつぐつと煮えたぎる音が聞こえ、湯気がもわもわと立ちこめた。隣のお湯も頃合いで、日本酒を注いだ愛用のちろりをそっと鍋に入れた。

つくづく、ちろり買ってよかったなぁ。この酒飲み心をくすぐるフォルムも、失敗なしに湯煎ができる利便性の高さもすんごく気に入っている。今年の冬も大活躍間違いなし。

出来あがったそれらを食卓に移したら、着席。あっという間だったけど、それでも待ちに待ったこのとき。それでは本日も、お酒休憩いただきます。

お酒をひと口、の前に、たまらず箸を手に持つ。湯気を立てるおでんを目の前にしては、いかずにいられるものですか。ちくわをカラシにちょんとつけて、ハフッハフッ。優しい味が体に溶けていく。あったかい。

おでんに満たされたところで、ようやく熱燗を。口に近づけると、月桂冠『つき』の甘い香りがふわんと鼻孔をくすぐる。ちびり。っくぅー!

テレビやなんかで熱燗を飲むダンディたちが「っくぅー!」と言っているけれど、あれは誇張なんかではない。たまらん!という感覚が、最近だんだん分かってきた。

おでんのあったかいと、熱燗のあったかいで、私の体は冷めやらぬぽかぽか音頭。昼にこの幸せ、ありがたき。

ところで、上の写真を見て、うちのおでんとぜんぜん違うなと思う方はどれくらいいるだろうか。いちど調べたことがあるのだけど、おでんって地域によってかなりカラーが違うらしい。

地元を離れたことが理由ではないけれど、うちのおでんはおでんだねも味付けも、今や実家のおでんからはかけ離れている。

たとえば、実家のおでんは市販のおでんの素を使うし、串に刺さった牛すじが入る。一方うちのおでんは、味付けはだしのもととオイスターソースがメイン。そして手羽先を入れる。そんな具合だ。

夫はとくにおでんにはこだわりのない人だったので、私の独断で今の形に変えてきた。手羽先を入れるようになったのは結婚してからだ。

「おかず感がない」とぼやく夫のために肉を入れてみたのがきっかけで、肉のだしやコラーゲンが染み出してスープにも深みが増すので気に入っている。

大阪に来てからは梅焼きを入れるようになった。でも、愛知の「つけてみそかけてみそ」をつけて食べるのは、実家のおでんから変わらない。こうして見ると、このおでんには私の歴史が詰まっているのかもしれないなぁ。

親から次いできた「うちの味」はいくつかある。それを引き継ぎたい気持ちの一方で、私ならではのスタンダードができると、なんだか自分を認めてあげたくなる。母もそうやってうちの味を繋いできたんだろうか。

あぁ。昼下がりからなんていい気分。外はまだ明るい。今日は快晴で、雲と青空のバランスが絵みたいにきれい。

ぼうっと見ていると帰ってからかけた洗濯機がピーと鳴った。うーん、少しだけ待ってもらおうかな。いやぁ、でも洗濯物が待っていると思うと、最後の楽しみに残してる玉子がおいしく食べられないかもしれない。

やっぱり、先に干すかぁ。あ、じゃあさ、立ったついでにさっきのお湯をまたあっためて、熱燗をもう少しやっちゃおうか。そうしよそうしよ。重い腰がぴょんと軽くなった。


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みっき
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