「七夕の三日前、さびれた中華料理店で取り残されていたものについて」
谷水春声さんは七夕の三日前、さびれた中華料理店で取り残されていたものについての話をしてください。
#さみしいなにかをかく #shindanmaker
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(1100字)
最後の焼き餃子を食べきってしまったのにビールがほんの僅か残っていたので、壁のメニューから目に飛び込んできたザーサイを頼むことにした。
「おじちゃん」
「あいよ」
いつもの気の抜けた返事をした大将がようやくテーブル席へ振り向いて、ぎょっと目を剥いた。
「お姉ちゃん、その恰好で晩酌してたのかよ。勘弁してくれよ」
むしろ今まで気付かなかったのか、まあこの状況では、大将でもやっぱり平常心ではいられないよな、と思う。
「ザーサイ一つお願い」
「なあ、おれはお姉ちゃんが成人してることも知ってるけど、そんな姿の奴が店でビールを煽ってんのを万が一見られたら」
「いいじゃない。どうせ誰も来ないし、最後の晩餐に学ラン着てたって」
最後、の部分に少しだけ力を入れて言ってみる。大将は黙り込んだ。
「実は異性装趣味だったの」
黙ったまま引いているのが見ていて分かる。
「…あれか、好いた奴の学ランなのか」
気まずそうに聞かないで欲しい。
「そう、どうせもう使わないから。あーあ、大人になったら結婚しようって約束してたんだけどねー」
大将は私に注意を向けながらも手は動かしていたようで、ザーサイのこんもりと盛られた小皿を差し出してきた。他に人も居ないのでビールジョッキ片手に移動して、目の前のカウンター席に陣取る。
「滅茶苦茶頭が良くて、あまりにも手の掛からない生徒だったから凄く楽だった。大学の講義がない時に見てあげてたんだけど、何なら私も自分の宿題とか一緒にして。なのに先生、とか呼んできて慕ってくれて。可愛かったなあ…そんな顔しないでよ。成人するまでは何もしないって決めてたんだから。結局、本当に何もしないうちに、気軽に会えないところまで行っちゃったけど」
顔を顰める以外は特に反応を示さなかった大将は、急に上を振り仰いだ。そこには長年の油が付いた天井しかなかったが。
彼の視線の先には。
「移住計画、成功すんのかなあ」
その声が囁くようだったので聞き取れなかったけれど、大将の気持ちは汲み取れる気がした。
「大丈夫じゃない?この星で最も優秀な人たちだけが生き残る訳だし、その中に、この学ランの持ち主だって居るんだから」
誇らしい気持ちと共にビールを飲み干した。
もう涙も枯れ果てたし、今更凡庸な頭脳でどうにか生き残ろうという果敢な精神も持ち合わせてはいない。最後に彼の衣を身にまとって星になれるのなら、それはもう本望だ。
と、自分を納得させるまで随分時間を費やして、散々迷っていた最後の晩餐も、いつも来る寂れた中華屋さんにしてしまったけれど。
落ち着いたら生き残った人たちも星の残骸近くまでは来られるらしいから、あの人も、一年に一回くらいは会いに来て欲しいな。