『きみはペット』小川彌生が挑んだ少年漫画は、人間模様と心情が深い異色SF『BAROQUE~バロック~』
【レビュアー/和久井 香菜子】
冒頭からなんなんですが、これホント面白いので読んでください……。
キーワードは「異世界」「転生」そして「神」です。
でも「主人公が異世界に転生した」という話ではありません。
初っぱなから引きこまれる怒濤の展開
温(あつし)は、子どもの頃は神童と呼ばれていましたが、今はただの男子高校生。ある日、美少女・翼が、隣の部屋に引っ越してきました。そしてなぜか初っぱなからベッドの上に寝っ転がって温に「来て……」とか言って、むちゃくちゃダイレクトに誘ってきます(なんか、こういうのって男子の夢っぽいですよね!)。
『BAROQUE~バロック~』(小川彌生/講談社)1巻より引用
かと思えば、今度はまた別の美女・エーリアスがやってきて、温を殺そうとしてきます。
『BAROQUE~バロック~』(小川彌生/講談社)1巻より引用
そして、それを助けに来た翼は、温の目の前でヌルリと男性へと変身。彼の名は実はトランスというようです。
なんだこりゃ? という怒濤の展開で話が始まります。
なぜこんなことになったかというと、トランスは異世界の神で、温はトランスの「花嫁」なのです。そして翼に変身したトランスと温がエッチをすることで世界を救うことができるんだとか。もう何を言っているのかわかりませんね。
『BAROQUE~バロック~』(小川彌生/講談社)1巻より引用
少女漫画家が描く異色SF少年漫画
作者は、『きみはペット』を描いた小川彌生さん。人の生きづらさやコンプレックスを真摯に丁寧に描く作家さんです。
それまで少女漫画畑で活躍してきて、いきなり少年誌、しかもSFを描いたのが、この『BAROQUE~バロック~』なのです。女性向け漫画過ぎず、でもコテコテの男性向け漫画でもない。この絶妙なバランスが最高におもしろいんです。
特に大きな書き分けもせずに女性向けと男性向けとを行き来する作家さんもいますが、この作品は軽妙にお色気があったりして、めちゃくちゃ少年誌らしさを意識しているように思います。
かと思うと「世界を救うためにエッチしなければいけない」みたいな表現は、少女漫画によくある設定です。男性キャラを無闇にサカらせないために、こういう理由をつけたりするんですね。ただしこの作品の「理由」は、もっと即物的ですが。
異世界ものではあるけれど、トランス、温、エーリアスの関係と世界の成り立ちにもきちんと意味があり、後に登場する敵も世界の構成に深く関わっていて、全体的にとてもよく考えられています。ここに書いた設定は全体の1割くらいなので、わかった気にならずに是非本編を読んでほしいです。
登場人物の抱えるものの多さ(但し主人公除く)
登場人物の苦悩を描くのが女性作家作品の特徴ですが、この作品の場合、主人公である温の悩みはものすごくうっすーいです。せいぜい恋愛経験がないこととか、自分がフツメンなことくらい。
『BAROQUE~バロック~』(小川彌生/講談社)1巻より引用
一方トランスは、一見オラオラの王様気質ですが(そりゃ神だしね)、長く背負っているその責務の重さに疲弊しています。これがどれほど重いかは、ぜひ本編で! 彼の苦悩は読者が最も共感し、胸を痛めるところじゃないでしょうか。
そして彼の妹として生まれたエーリアス。彼女は、忌むべきものとして監禁されて育ちました。双子の片割れが「忌むべきもの」ってのはよくある設定ですが、彼女の監禁シーンはある意味リアルで、そして壮絶です。めっちゃくちゃ美少女が、拘束されて横たわっているんです……そそられちゃう人もいますよね、ハアハア。
『BAROQUE~バロック~』(小川彌生/講談社)2巻より引用
あっさり味でセンスもいい。しかも全6巻!
あれ……? 「転生」が出てこないよ? ですって?
はい、それは物語の根幹部分なので、オフレコです。
戦闘シーンはたくさんあるけどクドくなく、少女漫画脳にも耐えられるサッパリ加減です。
そして女の子の服がかわいい。自分がコスプレーヤーならエーリアスのドレスとか着てみたいです。
ちょいちょい差し挟まれる小ネタもおかしい。
丁寧に描かれる人間模様と心情も共感しかない。
温が好きな麻生先輩は「ああ、はいはい。恋愛不慣れな少年が騙されそうな女ですよね」って感じだし、幼なじみの緋陽子(ひよこ)は、少女漫画の主人公的に不器用な女子だし、トランスは苦悩に満ちた万能選手だし、異世界ものというよりは、丁寧に描かれるキャラの心情と交錯加減に惹かれました。
めっちゃくちゃ大好きな作品ですが、語れるお友だちがいないのが寂しいんです。
しかも全6巻なので手を出しやすいですよ!
個人的には、この作品は映画化して100億円いったっておかしくないのにー!って思ってるんです。
みんな、読んで〜!!
WRITTEN by 和久井 香菜子
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