ウイルス悪用事件にモラル無視で解決を目指すインモラルドクター『インハンド』
【レビュアー/ ミヤザキユウ】
魅力的なキャラクターには合理性があります。
例えば『ジョジョの奇妙な冒険 第4部』の吉良吉影。
彼は女性を殺さずにはいられないという性質をもっていて、その性質を自分で止めることができないと理解しています。
だからそれと折り合いをつけるために静かに暮らしながら女性を殺し続けることにしました。死体を跡形も残さず消せる「爆弾のスタンド」が彼に発現したのはそれが理由だと思います。
合理性があると理解しやすいです。理解できると共感しやすいです。
そして共感できるなら魅力的だと思いやすいのではないでしょうか。吉良吉影が敵キャラクターでありながらも、多くの読者に支持される理由の一つだと思います。
ただ、全てが合理性だけになるとまた話が変わってきます。
キャラクターではなく現象になってしまうからです。
たとえば、いま僕らが脅かされている新型コロナウイルス。ウイルスが、その免疫を持たずに接触し合う生物群と出会ったなら、広まっていくのは当然です。合理的ではありますが、そこに悪意も感情もありません。悪い人だけ狙って感染するみたいなファンタジーもありません。
きっと合理性だけでなく不合理性が混ざるからこそ、理解と共感の間にある溝を飛び越えて、魅力を感じさせてくれる「キャラクター」になるんじゃないでしょうか。
『インハンド』はそんな合理と不合理が程よく混じった人物が活躍する、バイオサスペンスです。
『インハンド』の主人公は義腕の天才科学者・紐倉さんと、その助手で医者でもある高家さん。
紐倉さんは発明した薬の大ヒットで大儲けしたので働く必要がないのですが、内閣情報調査室から依頼を受けて科学的な犯罪や災害を解決するアドバイザーとして動いています。
立ちはだかるのは、天然痘に似たウイルスを使って、ある目的を達成するためには東京都民を人質にするのも辞さない医師。ドーピング検査にも引っかからないビックリな手段を使って金メダルを獲ろうとするスポーツ選手などなど、一筋縄ではいかないヤツらばかりです。
ちなみに描かれた時期的に偶然だとは思いますが、コロナウイルスを扱った話もあります。
『インハンド』(朱戸アオ/講談社)より引用
痛快なのは、そんな敵に挑む紐倉さんが、モラルを無視した解決方法を選択しがちなこと。助手である高家さんを人柱にしたり、偉い人のメンツを潰すのを承知で動いたり。
いつだって、最も合理的な手順で事件の解決を目指します。
それはきっと、ウイルスのような意思なく悪意なく、人に害をなすことのできる、それこそ合理的の固まりのような存在からの被害が大きくなった時、どれだけ恐ろしいことが起きるからを知っているからです。
『インハンド』(朱戸アオ/講談社)より引用
既刊コミックス時点でのストーリーでは明かされていませんが、紐倉さんが義腕になってしまった理由にも関わっている気がします。
そしてそんな紐倉さんのキャラクターとしての魅力が見えるのが、合理的な手段を取るために必死になる瞬間にどうしても出てしまう、人間らしさなのです。
それが『インハンド』。バイオ犯罪と合理性萌えな方は絶対ハマりますよ。
あとこの作品が好きな方は、同じく朱戸アオさんの『リウーを待ちながら』も絶対好きです。こちらは「もし静岡県でペストが流行してしまったら」という話。
フィクションだけども、他人事のようには読めない漫画です。