大切な人の言葉は、後悔を優しく包み込んでくれる。自分が嫌いになった時の心のアンチエイジングBL『オールドファッションカップケーキ』
【レビュアー/クリス】
30代前半の今。自分がおばさんだとは思っていませんし、思いたくもありません。
冒頭から突然の年齢報告ですみません。フリーライターのクリスと申します。どうぞよろしくお願いいたします。
大学を卒業して約10年が経ち、自立を求められる社会で少なからず揉まれてきた私がいま感じていること。それは、「新しいことに挑戦するのは怖いしめんどくさい」ということです。
「若かった頃は」なんて言葉はまだ言いたくないと思う一方で、「20代の頃なら……」と思ってしまう自分もいて、うんざりしてしまうのです。
それに追い打ちを掛けたのが、新型コロナウイルスの蔓延。未曾有の事態にも、変化に対して即座に、柔軟に、そしてものすごく前向きに突き進んでいる人たちを見るたび、自分がいかに臆病なのかを思い知らされているようで、ますます自分のことが嫌いになりそうです。
そんな現実から逃げるように、ジャンルを問わず漫画を買いまくり、読み耽りました。
そして『オールドファッションカップケーキ』の野末(のずえ)さんに出会い、救われたのです。
ネガティブな事も肯定してくれる、とにかく優しい野末さんの言葉
『オールドファッションカップケーキ』は、とある会社の上司・野末さんとその部下・外川(とがわ)の、大人の恋物語を描いています。
野末さんは、良いことも悪いことも起こらない“変わらない”日常を好み、寝て食べて仕事をするだけの生活を送っています。しかしその一方で、負の予測ばかりが先行して、新しいことや人付き合いを面倒だと思うようになってしまい、憂鬱な感情も抱いていました。
この野末さんの姿を見て、私は「ああ、これはまさに自分だ」と思わずにはいられませんでした。
そんな“嫌いな自分”と重なってしまう野末さんに、どうして私は救われたのか。
その理由は、野末さんが外川とはじめて出会った時にかけた言葉にあります。
「後悔は幸福になるための糧で、人生の燃料です」
「大丈夫。君はまだまだ、これからもっと自分を好きになっていけるよ」
※『オールドファッションカップケーキ』(佐岸左岸/大洋図書)より引用
就職活動がうまく進まず、投げやりになっていた当時大学生の外川は、ある面接で「何もない自分」をさらけ出してしまい夜の街でヤケ酒をあおったところを、その会社に勤める野末さんに捕まってしまいます。
その際野末さんは、何もない自分を真正面から恥じ後悔することも立派な長所だ、後悔からしか生まれない成長もあるから、と引用の言葉を締めに笑顔で外川の背中を押したのです。
後悔している人を奮起させる言葉や姿勢の一つに、「後悔している暇があるなら動け」が挙げられます。
それはごもっともですし、そうありたいとも思います。ただ時に、この眩しく前向きな言葉で背中を押すことが、相手を追い詰めてしまうこともあるのです。
実際に私はコロナ禍で前向きなメッセージを送り、頑張る人たちに対してすごいなと思う一方で、変化に前向きになれない自分は生きる価値のない存在だと言われているような気もして、とても辛かった記憶があります。
だから野末さんの、「後悔する、うじうじと悩む自分も決して無駄じゃないよ」というメッセージに励まされ、こんなにも優しい「前を向け」という後押しの言葉があるなんて、と感動しました。
今はネガティブな後悔も、これから先、自分を好きになるための材料になるかもしれない―—。
そう思うだけで、私は少し前を向けたのです。
言葉が誰かを勇気づけ、また自分に帰ってくる感動
私が野末さんに救われたのは、そういった言葉だけではありません。
先述の通り野末さんは、変化を好まないように見せかけて新しいことに挑戦する勇気を持てない、仕事以外で何もない自分に後悔を感じるようになっていました。
ある時仕事で立ち寄った駅のホームで自撮りを楽しむ女の子たちに対して「自分にはないものを持っている」と感じた野末さんは、外川からの強引な提案で女の子で賑わうパンケーキのお店に繰り出すことになります。
そして半ば強引に連れてこられた女の子ばかりの空間は、もう若くないおじさんの自分にとって不釣り合いな場所だと辟易します。
さらに追い打ちをかけるように、外川から「二度目の成人を目前に人生を悩みだしているのではないか」と図星を突かれてしまい落ち込むのです。
そんな野末さんに外川は、微笑みながらこう声をかけました。
「後悔は幸福になるための糧で人生の燃料だそうです」
自分のかけた言葉が、誰かの人生の道しるべとなり、受け売りという形で返ってくる。
当時人生に迷っていた外川にかけられた野末の言葉。その言葉を、今度は野末がかけられ、野末自身も救われたのです。
この“今の外川が、以前の迷いを乗り越えて、自分の目の前にいる”という事実はきっと、仕事に今まで情熱をかけてきた事実すらも後悔しかけていた野末さんが「自分がやってきたことは決して無駄ではなかった」「まだまだ自分も変わっていける」という自信に繋がったと思うのです。
このように野末さんと外川は、時間をかけて「これからの自分に期待することの楽しさ」を互いに教え合い、惹かれ合っていきます。
そんなふたりは、とても理想的なパートナーだなと思うのです。
本来、自分の存在価値は自分で見出していくべきものでしょう。しかし自分を好きでい続けることは案外難しかったりします。一般常識や過去の経験値が枷となることで、これまで築いてきた自信が揺らいでしまうこともあるでしょう。
だからこそ「まだまだこれからも自分を好きになれるよ」と背中を押し合い、互いが互いの人生を豊かにし合う野末さんと外川の関係性に、ちょっと羨ましさを覚えてしまうのです。
同時にその羨ましさは、「自分も誰かにとってこういう存在になりたい」と思うきっかけにもなる気がします。
野末さんと外川のやりとりを見て、ふと、昔働いていた会社を辞める時に同僚からもらった手紙を思い出しました。
「会社も自分も良いと思っていないものを仕事だからと記事にして発信することに罪悪感を抱いていた私に、その痛みは正しいよと言ってくれたのはクリスさんだけでした」
「クリスさんのおかげで、自分の考えに自信が持てました」
この「私も誰かの役に立ったことがある」「自分がやってきたことにも意味がある」という事実が、どれだけ自分の人生を豊かに、幸せにしてくれたのか―—。
きっとどんな人でも、自分が意識する・しないにかかわらず、誰かに影響を与えている。
そんなことを改めて気付かせてくれた野末さんに私は、『オールドファッションカップケーキ』を読みながら感謝を伝え続けるでしょう。