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華やかなアイスダンスの世界を描いた「キスネバ」三つの魅力『キス&ネバークライ』
【レビュアー/和久井 香菜子】
フィギュアスケート男子シングルで長年日本をけん引してきた高橋大輔選手が今期、アイスダンスに転向しました。
そのニュースを聞いたときにこう叫んだんです。
「ホントにあるんだ!」
少女漫画で人気のキラキラとしたアイスダンスの世界
少女漫画にはフィギュアスケート作品がたくさんあります。
『愛のアランフェス』、『銀色のフラッシュ』、『Theチェリー・プロジェクト』、『銀のロマンティック…わはは』などなど。初期のフィギュアスケート漫画はけっこうな勢いでトンデモが多いですが、少女漫画でのフィギュアスケートのブームが、日本をフィギュアスケート大国に押し上げたと思います。
バレエやダンスは、男女の違いがハンデになるどころか、それぞれの特長を活かしてプレイができる希少なスポーツなんですよね。その上、キラキラヒラヒラの衣装が楽しめる。そりゃ少女漫画ネタにうってつけです。
フィギュアスケートのうち、男子シングル、女子シングルに比べて競技としてはイマイチマイナーなアイスダンスですが、少女漫画界ではけっこう人気です。
『アイスフォレスト』『白のファルーカ』、そして『キス&ネバークライ』。
みちるはフィギュアスケートの練習に励む、素直で無邪気で愛らしい少女。
『キス&ネバークライ』(小川彌生/講談社)1巻より引用
でもある日、彼女は家出したまま行方不明になってしまいます。すぐに発見されたものの、彼女はその間の記憶を失っていて、何も話しません。いったい彼女に何があったのか。そして直後に発覚する、みちるの憧れだった四方田(よもた)コーチの死。
『キス&ネバークライ』(小川彌生/講談社)1巻より引用
という事件から話が始まります。
そして少しずつ明かされていく闇。
みちるはもともと女子シングルの選手として活躍していました。しかし、アイスダンスへの転向を熱望し、そして自分を壊すほどの練習で足を痛めていた。このような理由から、みちるはアイスダンスへと転向することになりました。
ケガでアイスダンスに転向?
高橋大ちゃん(※編集部注: 高橋大輔選手)なの……?
シングルのトップ選手が、ケガでアイスダンスに転向という展開は『白のファルーカ』にもありました。くるくるジャンプを飛ばないので、あるあるな流れなんですかね。
『キスネバ』の魅力その①: 謎解き
この物語は、三つの要素で成り立っています。まず一つ目は、冒頭の謎解きです。
みちるにいったい何が起きたのか……。なんとなくその内容が臭わせられているので想像はつくのですが、なんでそんなことが起きたのか、彼女は何に巻き込まれたのかが、物語が進むにつれ明らかになっていきます。
昔の漫画では、華やかな世界の闇なんてせいぜい「トゥシューズに画鋲」くらいなものだったけど、『舞姫 テレプシコーラ』にも描かれたように、最近はもっと根源的な深い闇が描かれるようになってきました。
『キスネバ』の魅力その②: 主人公の精神的な闇からの脱出
二つ目は、みちるの精神的な闇からの脱出です。
アイスダンスのパートナーである四方田晶(よもた・ひかる:亡くなった四方田コーチの弟)と、幼なじみの礼音(れおん)が、寄ってたかって彼女に手を差し伸べます。羨ましい!
『キスネバ』の魅力その③: アイスダンスの専門性の高さ
三つ目は、本格的なアイスダンス情報。リフトやステップの規定など、細かに説明されています。アイスダンス特有の「ツイズル」という技はこの作品で知りました。
「深いエッジ」というような記述もあるので、ステップの得意だった大ちゃんがアイスダンスへ転向するのも、なるほど才能がありそうだなともう納得!
また全体の流れは「素人がちゃちゃっと練習して世界一になりました」みたいな夢物語ではなく、けっこう現実的な順位と点数が設定されていて好感が持てます。
「優しくして」で笑ってしまう、みちるの心情とは
私は根っこがドン暗い沼地野郎なので、女の生きにくさを描く作品が大好物です。
晶とみちるが初めて夜を過ごしたときのこと。彼女が言ったことは、晶を少なからず動揺させました。そして「……バカ そういうときは 『優しくして』って言うんだよ」と晶が言うと、みちるは静かに笑うんです。
この意味が後々わかってくるんですが、「うぅ……凄い心理描写だ」と思いました。
この物語は、大きな黒い塊に押しつぶされそうになった少女の、魂の再生の物語です。
タイトルの『キス&ネバークライ』は、競技会でアイスリンク脇に設置される「キスアンドクライ」からネーミングされたと思われます。
このタイトルの妙も、作者のセンスを感じます。
WRITTEN by 和久井 香菜子
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