休刊・移籍を経てアニメ化が決まった『かげきしょうじょ!!』が描く、歌劇団に魅せられた少女たちの夢と葛藤
【レビュアー/bookish】
日本の漫画がカバーしているジャンルは幅広く、戦争やバトルものからスポーツ、日常、ファンタジー、推理ものと、どんな分野もその表現に取り込んでいきます。演劇もそのひとつで、『ガラスの仮面』(プロダクションベルスタジオ)という漫画史に輝く金字塔に続けと、傑作が登場しています。
その中でアニメ化が決まったのが斉木久美子先生の『かげきしょうじょ!!』。宝塚歌劇団をモデルにしたとみられる、女性だけの歌劇団に入団する人材の育成を手掛ける音楽学校を舞台に10代の女性がトップを競う物語は、「諦めたらそこで試合終了」の精神で進むスポ根の雰囲気と、若くして自らの歩むべき道を定めた人がもがく姿の両方を描いています。
厳しい音楽学校を経て、目指せ歌劇団のトップスター
物語は歌舞伎の世界に縁のある渡辺さらさが、紅華歌劇音楽学校に入学するところからスタート。
紅華歌劇音楽学校は大正時代から続く女性だけの歌劇団、紅華歌劇団に入団する人材の育成を手掛ける学校。
高身長と体幹というポテンシャルを評価されて、高い倍率の試験を突破して入学を許可されるさらさは、スポーツ漫画の「可能性を評価されてチームに迎え入れられるメンバー」を思わせます。
文化芸術のひとつである演劇はスポーツや体育会系とは真逆の趣向のようにみえますが、演劇そのものは体力勝負。長ければ1公演3~4時間、ほぼ休憩なしに舞台の上を全力で駆け抜けるわけで、体力がなければそもそも板の上に立てません。
これがミュージカルや歌劇となれば、歌やダンスが加わり、さらに多くの体力と能力が求められます。紅華歌劇団の場合、和もの・洋ものの両方の演目があり、歌もバレエも日舞も学ぶことになります。
そのため音楽学校に入学してからの教育は厳しいもの。毎日授業がぎっしり詰まっているうえ、音楽学校独特の先輩との上下関係で学校の掃除を含め生活態度も厳しくしつけられます。音楽学校の生徒は、歌劇団の候補生であり、人目に付く場所は常に舞台であるため、自分自身を演じることを求められます。
すべては卒業後すぐに歌劇団に入団してファンの目に晒されるからこそ。未成年にやさしく指導する先生もいれば、あえて卒業後を見越して厳しい言葉をなげつける先生も。「長い伝統を引き継ぐプロフェッショナルをいかに育てるか」が考えられたシステムの中で、さらさも歌劇団のトップになるという夢に向かって突き進みます。
しかし、『かげきしょうじょ!!』の本質は群像劇です。
さらさの物語を中心に据えつつも、さらさ以外の生徒や歌劇団のスターの物語も無視しません。歌劇団に憧れる人、将来ミュージカル女優になるための第一歩として入学した人、さらにはお金が続かず音楽学校を卒業しても歌劇団に入団せずに去る人もいます。一言に「スターを目指す」といっても、それぞれの入学までの人生が夢に反映され、それは役作りにもつながります。
『かげきしょうじょ!!』で知る演劇の楽しさ
歌劇団の舞台は「お客様=ファンが見たいものをみせる」が基本です。
さらさたちも音楽学校での勉強を通じて、観客の視線を知りどう演じるかを考えていきます。
ファンである観客はすべてを忘れて幸せになると同時に、役者が再現する架空の人物の心情や生き方を、自分の経験と照らし合わせながら振り替えることになります。舞台は私たちに夢を見せてくれると同時に、現実を突きつける装置でもあるのです。
シェイクスピアの喜劇「お気に召すまま」には「この世は舞台、私たち老若男女人はみな役者にすぎない」というセリフが出てきます。
私たちが実生活のいろいろな場面で「役割」を果たすとき、手にした役を理解して、その役の人生に寄り添い、さらに舞台上で再現しようとする役者の考え方には参考になることも少なくありません。
掲載誌の休刊と移籍を乗り越えてアニメ化へ
『かげきしょうじょ!!』は、集英社の雑誌『ジャンプ改』で連載が始まり、雑誌の休刊にともない白泉社の『メロディ』に移籍しました。『ジャンプ改』での連載分も現在『かげきしょうじょ!! シーズンゼロ』として単行本が出ています。
ジャンプ的な「前を向くがむしゃらな努力」の部分を残しつつも、10代の女性が一人前の役者になるための成長を丁寧に描き、掲載誌が変わったことで、図らずも少年漫画と少女漫画のいいとこどりとなりました。
雑誌の休刊から移籍を乗り越えてアニメ化につながった『かげきしょうじょ!!』からは、「同じ嗜好を持つ人を集めるプラットフォーム」を通じて、適切な場所で適切な人に届けてファンを広げることの重要さもわかります。